2.祭の前

「——なに。なんで見てんの?」

「あ、ええと。すみません」

 どこか見覚えがある気がして凝視していた自分に気づき、ゆいは赤面して下を向いた。

 もちろんコンビニ客だ。真夜中だし、高校生が制服でうろつくには町なかから遠すぎたとしても。

 案の定、それは唯の常識からした勝手な判断だったらしく、少女は慣れた感じで車止めに腰を下ろす。ぎりぎりまでミニにしたスカートのポケットから、煙草の箱を取り出した。

 左に一つ置いた車止めに座った彼女を、唯はなるべく意識しないよう努めた。

 青とピンクのメッシュを入れた長い髪は、後ろは背中まで伸びて、前髪はというとビジュアル系バンドさながら左目を覆っている。同年代にしては化粧もはっきりしている。煙草を挟む指のネイルはコンビニ照明をてらてら弾き、片足のももに走る大きな傷痕には迫力があった。歩くさい足をひどく引きずっていたのは、おそらくその傷が原因だろう。

 ——家出中の子かな……。

 考えたところだったので、そっくりそのまま返されて、唯は多少面食らった。

「あんた、家出中?」

「……違います。カレシを待ってるの」

 店の前で粘り始めたころ、人に聞かれた時のために考えていた言い訳だ。

 だが少女はぶっと吹き出すと、火の点いた煙草を振ってけらけら大笑いした。

「もっとマシな嘘ないわけ。カレシ待ちとか痛すぎ」

「う、嘘じゃありません」

「だめ、バレバレ。眉間にシワ寄りすぎだし。嘘つくときのうちの妹とそっくり」

 そうだろうか? 唯がつい手を額にやると、少女はふーっと大げさに煙を吐いて、蔑む顔で小首を傾げた。

「どうせくっだらない理由なんでしょ、家出してんのも。言っとくけど、この時間はあんたみたいのが使っていい時間じゃないから。夜中はあたしの世界なの。邪魔だし、さっさと帰ってくんない」

「……べつに、時間は誰のものでもないと思います」

 こんなあからさまな不良少女とは距離を置くつもりだったのに、唯はうっかり言い返していた。人の事情をくだらないと決めつける、この少女は何様だと思っていた。

「わたしの理由とか、あなたには関係ないでしょう」

「当ててあげよっか。スマホを勝手に見られた、プライドを傷つけられた。態度がどうとかで怒られた、で言い返したら逆ギレされた。ムカつくから家出してやった、親に後悔させるために。死ぬほど反省すればいいと思ってる」

「そんなことじゃ……」

「ほんとウザい、あんたみたいな甘ちゃん。反抗できるだけ幸せって、わかってないんだよね。どうせ親に殴られたこともないくせに」

「…………」

 思わず唯は相手のむきだしの脚にある、悲惨な傷痕を見てしまった。

 ところが少女は唯の視線に気づくと、からから笑って煙草を振る。

「ああ、違うし。これは事故。——でもま、そのうちハゲてはいたかもね。よく髪、掴まれるから」

 粛然として、唯は口を閉じた。知識として持ってはいたが、実際に虐げられる環境にいる人物に会うのは初めてだったから。ただいきなり罵られた手前、素直にごめんと謝る気にもなれない。

 迷ったあと、唯は傍らのリュックから食べかけのグミの袋を取り出した。

「……これ、食べる?」

 封を開け、相手に聞いてみる。しかし少女は、

「何それ、いらない」

 横目だけで即答し、あろうことか、

「あんたも吸う?」火の点いた煙草を掲げてみせた。

 唯が黙って首を振ると、少女は鼻で笑った。ミニスカートも気にせずあぐらをかいて、それから、やっぱり似てるわ、とつまらなそうに呟いた。

「妹そっくり。まじめでつまんないやつ。冒険心がないっていうの? あたしが楽しそうな遊びに誘っても、絶対断ってくんの」

「……じゃあ、その妹さん、今頃あなたを心配してるんじゃない」

「どうかな。あんたは? 兄弟とか、他にいないわけ」

「一人っ子」

「ふーん。大事なお姫様じゃん」

「だから、そういう言い方……」

「あんたはお姫様なの。いいから黙って聞きなよ」

 ふいに少女の声が棘を帯び、前髪に隠れていない右目が唯を見据えた。

 唯が反射的に固まると、少女は口をへの字に曲げて威嚇的に笑んだ。

「そしたら自分がどんだけ場違いか、よくわかってさっさとうちへ帰るでしょ。ここはあんたがいていい場所じゃない。あたしみたいなハズレた人間の特等席なの。は? あんたの家がどうかなんて、ぜんぜんわかるっしょ。ごく普通の家。間違ってもうちみたいじゃない。あたしん家は地獄だよ。毎日噴火したり、逆に凍りついたり」

 赤く燃えた煙草の先端をさっと差し向けられると、唯は反論しかけた言葉を飲みこむしかなかった。そんな唯を鼻白んで、少女はこれみよがしに煙草を吸って見せる。

 ふうっと吐き出された紫煙の背景にかすむ蛍たちが、わずかに稲田の上から駐車場へと寄ってきていたのが見えた。

「あたしもここで、あんまりダラダラする気ないし。知りたいなら教えてあげるけど」

 と、少女は投げやりに言った。

「あたしもさ、あんたみたいに遠出して帰れなくなったことがあるんだよね――」

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