第5話
「おはようございます」
女性が朝食を運んできた。
──レスリーが心配している…連絡をしたい。いつまでここに、こうしていないといけないんだろうか。
だが、そんな意思とは裏腹に女性が運んできた朝食を食べ、用意されていた服に着替えた。
そして、昨日、コーヒーを勧められた部屋に再び通された。
「お掛けになってください」
女性に言われるがままにしか体が動かないのが気味が悪かった。
「今日は、紅茶を用意してみました。朝食は、お口に合いましたか?」
ダニエルは返事が出来なかった。
口が開かない。
だが手は動いて紅茶のカップを口に運び、彼の体の中に温かい紅茶が入った。
「今日は、お話をさせていただきますね。あ、お手洗いは自由に行けるように動けますので」
女性がダニエルの前に腰掛けて話し始めたのは彼の今までの音楽活動の、彼の歌を称賛するものだった。
初めて参加したアルバムから一曲、一曲、素晴らしい曲だけど、この部分の歌い方が本当に素晴らしい等々、称えた。
アルバムの曲を褒め称え終わると今度はpV(プロモーションビデオ)の感想を話し始めた。
これは誉められたのは2、3曲で、あとは彼自身も苦笑いするような出来のビデオに関してはメンバーの演奏シーンだけにしておけば、もっと良かったと思う、と話した。
話の途中で昼食が運ばれてきた。
向かい合って食事をしている間も女性は話を続けた。
貴方の声は素晴らしい、世界一の歌い手だと思う、と彼女は話を締めくくった。
その頃には、すっかり日が暮れていた。
彼としてはわけの解らない場所に連れて(?いや、自分できたのか?そこが、まだハッキリしない)こられて称賛されても複雑な気持ちだった。
──そろそろ、家に帰らせてくれないだろうか…。
しかし、女性は再び話を始めた。
それはダニエルの長年のバンド活動は素晴らしかったけど、ソロ活動の楽曲に、ついては酷評された。
ダニエルが書く曲は皆、同じように聴こえるし魅力を感じない、と。
そして、貴方の歌声は元のバンドの曲でこそ最高に活かされると思うと言われた。
しかし、元のバンドの曲を書いていたギタリストはバンドの活動を無期限で休止すると言った。
解散ではない、とは言うけど。
だが、そんな急な話はダニエルには死活問題だった。
友人や知り合いのミュージシャンに声をかけてバンドを組んで新たに活動を始めたが売上は、いまいちだった。
女性が言ったように楽曲に魅力がない、全部同じように聴こえる、とメディアにも評価されていた。
「個人的な感想だけど、せっかく作った曲でも貴方の声が台無しだと思うわ。ああいう曲調は声域が狭くて歌唱力がない人向きだと思います。それでも上手に歌えるのは素晴らしいとは思いますけど。さあ、話せるようにしたわ。何か言うことないですか?質問でも構わないわ」
しばらくの沈黙のあと、彼は、二日ぶりに言葉を、発した。
「貴女は、誰なんだ?わざわざ私を称賛するだけのために、私を呼んだのか?称賛と感想は、有り難く受け取った。新しいバンドは私の試みだ。そろそろ家に帰らせて欲しい」
女性は彼をまっすぐに見たが、すぐに目を逸らした。
「私…私は…」
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