第六話「狐は踊る」

我らは報酬の豪華さに惹かれて、森の調査依頼を受けていた。




調査に来た森はあまりに、静かすぎた。




「……静か、よね」




マーシャの声が、やけに大きく聞こえる。




「魔物の気配が、ない……?」




ジークが剣の柄に手をかけたまま、周囲を見渡す。




『……おかしい』




我は地面に伏せ、触角を伸ばす。 土の奥、木々の根元、空気に混じる魔力の流れ――




『魔力は濃い。だが……生物の反応が全く感じられない。』




「何もいないのに、魔力だけ溢れてるってことかあ?」




『いや…これはまるで――』




言葉を継ぐ前に、森の奥が歪んだ。


空間が、ねじれる。 闇色の魔力が渦を巻き、


一人の男が姿を現した。




漆黒の外套。 背中には歪な紋章。




それはこの世界の魔王軍の印であった。




「……ん?こんな森に何をしに来たのだ人間ども。」




低く、粘つく声。




『……魔王軍か?』




男は我を見て口角を上げる。




「人間以外もいるのか…見たことの無い魔物だな。まぁいい。名乗っておこう。


我は魔王軍幹部の1人、ヴァルガス。


森の魔力活性化――その最終処理を任されている。」




言い終えて、ヴァルガスが地面に手をつく。 瞬間、森全体が脈打った。


黒い魔力が根から噴き上がり、地面が裂ける。




「来る!」




ジークが前に出る。




「マーシャ、援護任せた!」




剣と魔力がぶつかり合う。 だが――




「くっ……!」




一撃が、重すぎる。 ジークが吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。




「ジーク!」




マーシャが詠唱する。




「水弾魔――」




が―




「遅い」




ヴァルガスの指先が振られる。 魔力の刃が空を裂き、マーシャを弾き飛ばす。




『……くっ』




我は魔力を練る。 だが制御が――




『……今は、気にしている場合ではないか…ッ!』




火球を放つ。 しかし威力は足りず、ヴァルガスの外套を焦がすだけ。




「ほう……魔物が指揮官とは。


だが――所詮は出来損ない」




圧が、違う。




『……まずい…ッ!』




このままでは――


ヴァルガスが手をかざしたその時。






「――やれやれじゃのぅ」




場違いなほど、軽い声。




上空。 枝の上に、いつの間にか少女が腰掛けていた。




金色の髪が、木漏れ日に揺れる。 その頭には――狐の耳。 背後では、一本の尾がゆらりと揺れている。




「……誰だ?」




ヴァルガスが睨む。




「儂か?通りすがりの冒険者じゃよ」




ひょい、と軽やかに地面へ降りる。




「名をイズナと云う。」




イズナは、ちらりと我を見る。




「ふふ。お主、相も変わらず間抜けな姿じゃのぅ。」




『………?』




まるでこちらを知っていたような口ぶり。




そして感じられる規格外なほどの魔力量。




『まさか…』




ヴァルガスが殺気を放つ。




「女一人で出てくるとは――」




「勘違いするでない」




イズナの笑みが、消えた。




「お主如き、儂一人で十分過ぎるくらいじゃ。」




次の瞬間。




イズナの姿が――消えた。




「――なっ」




ヴァルガスの背後。 頭部に向けて脚がすでに振り下ろされている。




音が遅れて、爆ぜた。




「が、は――!」




一撃。 それだけで、幹部が地面に叩き伏せられる。




「ば、馬鹿な……!」




「幹部と名乗っておったが―」




イズナは、地面にうつ伏せになったヴァルガスにさらに蹴りを入れる。




「ちと、弱すぎるのぅ。」




速い―




何度も、何度も―




笑いながら、まるで踊るように連撃を続ける




数秒後にはヴァルガスは、森に沈んでいた。




静寂―




「……終わった?」




マーシャが、呆然と呟く。




イズナは振り返り、我を見る。




「全員、生きておるな?」




『…あぁ…助かった。』




「助けたのではなく貸しを作ったのじゃ。」




にやり、と笑う。




「いずれ――


ちゃんと返してもらうからの」




その後、イズナと名乗った冒険者はジークとマーシャに回復魔法を使って傷を癒すと、森の中に消えていった。




最後に一言、




「またのぅ、ダイオウ。」




と残して。






――ギルド。




報告を聞いた受付と職員が、凍りつく。




「……魔王軍幹部、撃退…ですか。」




レインが、書類を握りしめる。




「……本当に、面倒な依頼でしたね」




我は、胸の奥の違和感を噛み締める。




『……借りを、作ってしまったな』




あの狐は――




「助けてくれた冒険者は、イズナ、と名乗ったのですよね?」




「あぁ。なんて言うか…強すぎて何もわかんなかったぜ。」




レインの問いかけにジークが答える。




「特徴からして間違いないですね。


イズナさんといえば、数少ないSランク冒険者の1人です。」




『Sランク…』




「なぜあの森にいたのかは不明ですが。…まぁ、今は無事を喜んでください。」




報酬を受け取って宿に戻る。




我の心の中は何か不安が残っていた。






依頼主の分からない依頼




魔王軍の幹部




そして、我の事を知っていたSランク冒険者




嵐の前触れは、すでに始まっていた。

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元魔王、ダイオウグソクムシになる。〜我は勇者と旅をする〜 ながつき @Daiou1198

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