第五話「昇格の条件」

ギルドのカウンターに、乾いた音が響いた。


ちゃり、と銅貨が積まれる。




「依頼完了です。報酬、銅貨五枚になります。」




受付嬢の声に、ジークが小さく拳を握る。




「よし……!」




『……我が、銅貨で働く日が来るとはな。』




「何度も言ってるでしょ。生活費、全部ここから出てるんだから。」




マーシャの冷静な突っ込みに、我は黙るしかなかった。




受付嬢は書類を揃えながら、ふと思い出したように言った。




「そういえば、皆さん。そろそろ昇級試験の条件、満たしていますよ。」




「昇級試験?」




「はい。冒険者は、一定数の依頼を達成すると、上位ランクへの試験に挑めます」




差し出されたのは、一枚の依頼書だった。




「皆さんの場合、E〜Dランク相当の依頼をギルド職員同行で実施、結果に応じて昇格になります。戦闘だけでなく、判断や連携も評価対象です。」




ジークは即答だった。




「受けます!」




マーシャは一瞬だけ考え、頷く。




「……断る理由はないわね。」




「決まりですね。準備しますので、少々お待ちください。」




数分後、現れたのは簡素な制服に身を包んだ女性だった。




短く整えた髪、腰の短剣。




「レイン・フェルドです」




淡々と名乗り、こちらを見渡す。




「今回の昇級試験を担当します。原則として、私は戦闘に介入しません」




その視線が、一瞬だけ我に向けられた。




『な、なんだ、そのジトーっとした目は…』




「…いえ。別に。」










依頼地は、旧街道沿いの廃見張り小屋。


崩れかけた石壁の向こうから、濃い魔力の気配が漂っている。




『……ム、近くに魔物がおるな…』




「早いわね。数は?」




『一体だ。だが――』




次の瞬間。




壁を突き破るように姿を現したのは、


分厚い鱗と鋭い角を持つ魔獣――ホーンリザード。




「でか……!」


現れたホーンリザードに向かって即座にジークが斬り掛かる。


「ジーク、無理しないで!」


剣が装甲に当たるが、傷がつかない。


すぐにジークは次の一撃を入れようとする。


『装甲が硬い。斬り合うな!』




ジークは踏み込みかけ、寸前で止まる。




「じゃあ、どうする!?」




『角が他と比べて脆い……まずは足元を崩す。マーシャ、水だ。』




「了解!」




水魔法が足元を飲み込み、


ホーンリザードが体勢を崩した瞬間――




『今だ!』




我は魔力を練る。


以前の失敗が脳裏をよぎる。




『……小さく、正確に……』




放った火球は小さい。


だが、狙いは逸れない。




角の付け根。




鱗の薄い部分を焼かれ、ホーンリザードが咆哮する。




「今度こそ!」




ジークが横から回り込み、首元へ剣を叩き込む。




一撃で仕留めるには足りない。




「水弾魔法〈ウォーターバレッド〉!」




マーシャの追撃魔法が角に直撃する。




巨体は地面に崩れ落ちた。




「ここだ!」




ジークが倒れたホーンリザードに斬り掛かる。




が―




「硬い!」




トドメが刺しきれない。




「2人とも下がって!」




マーシャが前線に上がる。




『…!前に出すぎではないか!?』




「光線魔法〈フォトン〉を当てるから!離れるほど威力が落ちちゃうのよ!」




『ム…ならば…マーシャ!右肩の鱗が剥がれている!そこから角の方向に向けて放て!』




「!了解、光線魔法〈フォトン〉!!」




閃光がホーンリザードを撃ち抜く。


肩から弱点である角にかけて一直線に光線が放たれ、ホーンリザードは咆哮をあげる。




数秒後、あたりは静寂に包まれる。




「な、何とかなったな…」




「……はい。依頼は完了です。ギルドに戻り、結果をお伝えします。」






ーーギルドの評価室。




レインは書類を確認し、淡々と告げる。




「では、評価を伝えます。」




最初に呼ばれたのは、マーシャだった。




「まずはマーシャさん。Dランクに昇格です。」




「理由は?」




「魔法の制御、判断力、戦況把握。いずれも安定しています。」




一拍置いて。




「ただし、前に出過ぎる癖があります。無茶は命取りです。」




「……分かってる。」




次に、ジーク。




「次にジークさん。Eランクに昇格。」




「よし!」




「前衛としての覚悟と反応速度は良好です。仲間を信頼し、止まる判断ができた点も評価対象です。」




視線が鋭くなる。




「ですが、剣術はまだまだ荒削りですね。さらにランクをあげた時、高難易度の依頼では通用しなくなるでしょう。。」




「……肝に銘じます!」




最後に、我。




「ダイオウさん。Eランクに昇格です。」




『…そうか。』




「戦闘能力そのものは高くありません。魔力制御も未熟です。魔力自体は多いが上手く扱えていないようですね。」




胸の奥が、わずかに痛む。


だが――




「ですが、索敵能力、指示、戦況分析は非常に優秀。魔物の弱点を的確に指示できていましたので、その点を評価しました」




『……フン』




不満はある。


だが、否定はできなかった。




「以上です」




レインは立ち上がり、一礼する。




「今後もギルドで顔を合わせるでしょう。これからもよろしくお願いします。」




こうして無事、昇格試験を乗り越えた。




マーシャがDランクに昇格したおかげで、我らはFランクからDランクまでの依頼を受けられるようになった。




これで報酬も増える。








掲示板の前。


新しい依頼が貼り出される。




その中のひとつに目を奪われる。




『…ム?』




我が依頼を見つめていると、ジークが読み上げみる。




「これか?なになに…調査依頼…魔力が活性化した森の調査…ランク指定無し、依頼主不明…報酬金貨5枚!?」




「金貨!?ランク指定無しってことは誰でも受けられるじゃない!」




「これ、受けようぜ!」




『………』




何か引っかかる




が、それが何なのかが分からないので言い出せない。




『……よかろう。』




「決まりね。」




「準備したら直ぐに向かおうぜ!」




『あぁ。』




我らは依頼を受けることにした。




そう、受けてしまったのだ。




まさかこれの依頼で魔王軍との戦いとなり、あの女に借りを作ることになるとは夢にも思っていなかったのである――

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