第2話 凱旋
No.838
空想時代小説
翌月、又十郎は領地である佐沼にもどった。佐沼は仙台藩の東北地にあり、北の南部領と接している。石高は5千石である。重臣を受けることができる家格である。まずは、養父である佐沼政之にあいさつをする。
「婿どの、初陣で手柄をたてたとのこと、見事じゃ。わが家のほまれぞ」
と、あたたかく迎える。かたわらには娘の早苗がいる。まだ、契りは結んでいないが近く親戚筋にお披露目があることになっている。
「そうだ。婿どの、今回のほうびになにかとらせようぞ。何がいい?」
と、政之が聞いてくるので、又十郎は
「おそれいります。それでは母の屋敷がある高清水に参りたく、お許しをいただければ幸いに存じます」
「なんだ、そんなことか。母にも手柄話を聞かせてまいれ。お披露目はその後じゃな」
「はっ、5日で帰ってまいります」
「うむ、気をつけてな」
ということで、翌日又十郎は供の半助をつれて高清水に旅立った。佐沼から高清水まではおよそ5里。ゆっくり歩いて2日の行程である。
佐沼の地は恵まれた耕作地がつづく。ただ湿地帯が多いので大雨になると水浸しになることが多い。義父の政之はひごろから
「わが領内は水とのたたかいじゃ」
と、言っている。
途中、長沼という細長くて長い沼がある。ここは船でないと渡れない。湿地帯を歩いたのでは足がズボッとうまりかねない。一刻(いっとき・2時間ほど)で対岸に着いた。そこで、宿をさがす。船宿が何軒かあり、その中のひとつに泊まることができた。ただ、部屋がひとつしかない。供の半助が
「わしはどこか別の宿をさがしまする。馬小屋でも大丈夫さげ」
と、言っているが
「半助、いっしょでいいではないか。お主はわしの命の恩人じゃ。たまにはいっしょに寝ようぞ」
「それは、おそれおおいことでございます。ですが・・」
「いいではないか、ここまできて格などと言うのはやぼなものじゃ」
「そうでございますか・・それではお言葉に甘えて」
ということで、いっしょの部屋になったが・・・半助のいびきにはまいった。
翌朝、寝不足だったが高清水に向かう。途中、瀬峰で食事をする。ここにうまいそばやがあると聞いていた。その店はすぐに見つかった。半助は宿でもらったにぎり飯だけでは足りなかったようで、腹をすかせているみたいだ。
そばはうまかった。だが、満腹になる量ではない。半助はもう一杯食べたかったようだ。
「あと少しで、高清水じゃ。母者のところに着いたら、飯が腹いっぱい食えるぞ」
となだめて、足をすすめた。半助も主人の言うことにはさからえない。
昼過ぎには高清水の鬼庭屋敷に着いた。ここの離れに母の華の舞が住んでいる。鬼庭政元には正室がおり、華の舞は側室として迎えられている。お館さまの命だから正室も拒めない。だが、同居するのははばかられ、正室は仙台の屋敷に住んで、領地の高清水に側室がいるということだ。鬼庭政元は、政宗の近習なので領地にもどってくることは滅多にない。よって、母はここの屋敷の主人として暮らしているのも同然であった。
「よく来たわねー。大坂では手柄をたてたと聞いたけど・・」
「はっ、敵の侍大将をやっつけました」
「初陣でやっつけるとはすごいわね」
「はい、でも半助に助けられました」
「半助とやら、よくぞわが息子を助けてくれた。礼を申す。今日はゆったりせよ」
と、魅力ある笑顔に言われて、半助はデレーとしていた。華の舞は、太閤に見初められるまでは、舞妓であった。その踊りは日本一とも言われたあでやかさだと言われている。今でこそ容色は衰えたが、女性としての魅力は健在であった。政元はそれに惑わされないように、仙台の屋敷におかず、領地の屋敷においているのだ。
その日は、久しぶりの親子の対面で夜遅くまで語り合った。前半は、又十郎の手柄話が中心だったが、後半は嫁の扱い方の話となった。ましてや婿に入るので、格としては嫁の方が上だし、早苗の方が一歳上である。だが、
「又十郎は卑下することはないのです。後継ぎとして堂々としていればよいのです。政之殿はよくご存じのことです」
と、含みのある言葉を言う。又十郎には政宗の隠し子とはまだ教えていない。だが、重臣たちは周知のことである。政宗の正室の手前、大っぴらに言えないだけのことである。
翌日は、母といっしょに高清水の福現寺に詣でる。鬼庭家の菩提寺である。そこの住職に説法を受ける。母の華の舞もしばしば来て話をし、太閤の冥福を祈っているということである。一時とはいえ、世話になった天下人である。太閤に見初められたからこそ、政宗と出会い、二人の子を授かり、今の平穏な日々がある。それに、華の舞には秘密の楽しみがあった。それは政宗との文のやりとりである。政宗も筆まめで華の舞が文をだすと、必ず返してくれていた。家臣に下げ渡したとはいえ、お気に入りの一人であることには違いない。それに、いつの日か政宗が会いにきてくれると信じているのである。又十郎は、母のその秘密をうかがい知ることはなかった。
4日目、帰路につく。小雨が降りだしている。
「母上、お世話になりもうした。また、来ることもござろう。お達者で・・」
「うむ、そちも達者でな」
と、別れをおしみながら旅立った。
その日は、長沼の手前の船宿に泊まった。雨が降り続いている。
「明日も雨ですかな?」
と、半助が不安そうに言う。
「うむ、船止めにならねばよいがな」
朝に船に乗れば、昼には佐沼に着く。道のりとしてはわずかなのである。
今回は二部屋あり、半助とは別な部屋になった。これでいびきに悩まなくていい。
翌朝起きると、どしゃぶりで外にも出られない。当然船止めである。一日船宿で過ごすことになった。又十郎は、母への感謝の文を書いたり、旅人から各地の話を聞いて時を過ごした。半助は半端者たちと花札に夢中である。持ち金をぜんぶ使いはたしてあきらめたようだ。
佐沼の屋敷では又十郎たちが帰ってこないので早苗が心配していたが、
「この雨では帰ってこれまい」
という政之の言葉で、早苗も納得していた。
6日目、雨がやんだ。やっと帰れると思って、船着き場に並んでいると、あとから来た半端者たちが
「どけ、どけ!」
と、人をかきわけ船に乗ろうとする。それを見た半助が
「お前ら、ちゃんと並べや!」
と怒鳴る。
「なーに、ナマイキな! 昨日、札で負けたくせに何をぬかす!」
と、すごんでいる。だが、半助はひるまない。すぐにつかみ合いになった。そこを又十郎が制す。
「なにをもめているんだ?」
と聞くと、
「こやつらが横はいりをしようとしたのです」
「なにを抜かす。われらは昨日から宿で待っておったのじゃ。他の客より前に宿に入っていたのだぞ」
「何を言うか! 今朝はグーグー寝ていたではないか! 寝ぼうする方が悪い」
と半助が言うと、半端者は匕首(あいくち)をとりだした。
「やる気か!」
と、半助が怒鳴る。それを又十郎が制す。
「お主ら、二番船(にばんぶね)に乗ればすむことではないか。刃物をちらつかせて乗っても気分はよくないぞ」
「なにをぬかす。お前も思い知れ!」
と、一直線に突いてきた。又十郎はそれをサラッとかわす。その半端者はすぐに振り返り、上から匕首をたたきおろしてくる。そこを又十郎は、体を中に入れ、相手の手を抑える。そして、右の肘をくくり上げ、腕を逆手にする。無刀どりの形どおりである。
「イテテテ!」
と、半端者は痛がって
「覚えていやがれ!」
と言い残して、仲間とともに走り去っていった。
船頭さんが近づいてきて
「お武家さまありがとうございます。最近、ああいう輩(やから)が多くなり、困っておりました」
「大事にならずよかったな」
「それでは船にお乗りくださいませ」
と、船に乗り込む。他の客たちの視線もあたたかいものであった。
1日遅れで佐沼の屋敷に着いたが、だれも責めなかった。雨で船止めになったのはだれもが知っていたからである。
その3日後、親戚筋を集めて、又十郎と早苗の夫婦(めおと)の契りのお披露目があった。半助は、喜び過ぎて飲んだくれていた。
次の更新予定
又十郎旅日記 飛鳥竜二 @jaihara
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