第6話
その夜、また部長からメールが来た。
……正確に言えば、部長からのメールは、ほとんど毎日のように届いていた。
通知音が鳴るたびに、少しだけ胸の奥がざわつく。
それでも、深く考えないようにして、私はいつもの癖で画面を開いてしまう。
(……暇なのかな?)
そんな軽い疑問を挟みながら。
活動はどうかな?
私はだいぶ快方に向かっています。
心配しないでね。
お見舞いとかは要らないから。
六月には退院できそうよ。
……桜が綺麗な季節ね。
季節が巡るたび、あなたの顔を思い出します。
後輩の顔を、私は忘れたことがないの。
……記憶力には自信があるのよ。
文芸部に付き合ってくれて、ありがとうね。
ではまた、
最高の青春を。
「……桜?」
思わず、声に出た。部屋には私しかいないのに、その言葉だけが、妙に浮いた。
今は五月だ。
窓の外の街路樹は、もう濃い緑に変わっている。桜は、とっくに散っていた。
「……よっぽど山奥か、北の地方に入院してるのかな……?」
そう考えようとして、そのまま言葉が止まる。
別の違和感が、遅れて、じわりと浮かび上がってきた。
「……後輩の顔……?」
私たちは、会ったことがあるだろうか。
画面を見つめながら、記憶をなぞる。
…いや。少なくとも、私は覚えていない。
季節感が、少しずつずれていくように、文章も、日に日に、距離を詰めてくる。
最初は丁寧だった文面が、いつの間にか、私の内側に踏み込んでくるようで…胸の奥で、小さな不協和音が鳴った。
私は、思わず、昨日送られてきたメールを開き直す。
こんにちは。
こちらは相変わらず、退屈よ。
何か面白い話ができないかと、色々考え中なの。
原稿を送るから、目を通して……?
読んだら、あとで感想を聞かせてね。
ではまた、
良い青春にしましょう。
「……いや」
私は画面をスクロールする。
「……原稿、添付されてないし」
どこまで見ても、ファイルは付いていない。
思わず、ため息が漏れた。
「……なんなんやねん……」
独り言のように呟いて、スマホをベッドの上に放り投げる。
仰向けになり、天井を見上げる。
白い天井には、何も書かれていない。
「あー、もう!!」
私は意味もなく、声を上げた。
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