第5話
「……アイディア、出ないな~」
昼休みの終わりが近づくころ、私はパソコン室で頭を抱えていた。
キーボードに触れていない指先だけが、机の縁を意味もなくなぞっている。
隣から、ぶつぶつと声が聞こえる。
「……」
先輩の独り言だ、と思って顔を上げ…
そこで気づいた。席が、空いている。
「……?」
椅子はそのまま。鞄も残っている。
「先輩……?」
時計を見る。もうすぐ昼休みは終わる。
「どこ行くんだろ……」
立ち上がり、廊下に出る。
昼下がりの校舎は、妙に静かだった。
視界の端に先輩の姿が見える。
後を追って行き着いた先は、保健室だった。
「……?」
扉の向こうから、かすかに風の音がする。
中に入ると…窓が、開いていた。
「……え?」
視線の先。三階の窓枠に、人影が見える。
窓枠に立った先輩は、今にも飛び降りそうに感じられた。
「ちょっっ!?先輩!!」
思わず声が裏返る。
「保健室の窓っっっ!!?ここ、三階ですよ!?まずいですって!!」
その影が、ゆっくりと振り返った。
「……あぁ、君か」
先輩は、まるで屋上で会ったみたいな調子で笑った。
「なんだ、見ていたのか……恥ずかしいところを見せてしまったね」
「いやいやいや!!まさか、飛び降りるつもりではないですよね!!ひやひやさせないでください!?」
心臓の音が、耳の裏で響いている。
「飛び降り台の上に、立ってみたくてな」
先輩は、窓の外を見たまま言った。
「同じ景色が見たいのさ。怖いくせに、飛んでみたい。後戻りが出来なくても……」
「何言ってるんですか??ポエマーですか??」
自分の声が、必要以上に明るく響いた気がした。
「……文学というものは」
先輩は、ぽつりと続ける。
「どこか病んだ人間が好むものかもしれないな」
風が、カーテンを揺らした。
「私は文学には明るくないがね。……所詮、青春ごっこさ」
「いや、つべこべ言ってないで!!」
私は一歩、前に出る。
「窓枠から降りてください!!ヒヤヒヤするな、もう……」
一瞬の間。先輩は、窓枠から、ぴょん、と床に降りた。
あまりにも軽い着地だった。
「私は眠い」
欠伸をひとつ。
「授業をサボって、ここで寝ていく」
そのまま、ベッドに横になる。
「後輩くん、君は授業に戻りたまえ……」
「……自由すぎる……」
そう呟きながら、私は、胸の奥に残るざわめきを無視できずにいた。
……この人も、簡単に現実に戻れる人間ではない。そんな予感だけが、消えずに、そこに残っていた。
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