一幕 内海での騒乱

第5話

 ギャレアは南に広がる内海を利用した航路に点在する港町の一つだ。周囲を小高い丘に囲まれている中で、かつての大河が作り上げた大きな三角州跡に築き上げられた城郭化された港町。

 イチョウ型の港町は海側に広がるように都市を築いていて、陸側の突端部に向けて緩やかに斜面が続く「階段の町」でもある。

 統一されたオレンジ色の瓦はこの地域から産出される柔らかい泥を焼しめたもので、防火から防水まで幅広く使われる特産品だ。


 そして俺は、そんな景色を眺める暇もなく船酔いで横たわっていた。


 「だから陸で行こうと申しましたのに」

 「深紅婦人はな……遅刻が嫌いな性格なんだ……うぷぅ」

 深紅婦人への忠誠を誓うべく御者に川を下る川港で下ろしてくれるよう頼んだが、俺はそもそも船が苦手だ。

 挙句、内海に出てからずっと荒天に揺られっぱなしで、朝飯も昼飯も俺から魚たちに提供する羽目になった。ようやく凪いだころにはギャレアは目の前。仕事に取り掛かりたいが、まずは固い地面を早く確かめたい。

 そんな俺を情けないものを見る目で見つめる女神様。鮮やかな赤い髪をポニーテールにしてまとめ、汗ばむ陽気で白いシャツから黒い作業着に着替えている。やがて始まるだろう係留作業まで俺は横たわる気満々だったが。

 「おいにいちゃん!あんた客じゃないだろ!早く手伝え!」

 無賃で乗せてもらっていることを船頭気が付かれ、もやい縄を解く作業を無理やり押し付けられた。


 「ふぅー!井戸の水はおいしいなぁちくしょー!」

 ようやっと陸に上がった俺は、とりあえず新鮮な水を井戸からくみ上げて口に流し込んでいく。かすかに塩味を感じる井戸の水だが、それでも船で提供された痛みかけのみ水よりずっとましだ。

 「お疲れ様です。少しは気分良くなりましたか?」

 「陸に上がればこんなもんさ」

 俺の強がりに終ぞ酔わなかった女神様は嘆息しつつ俺に顔を近づけ、彼女が聞き及んだ重要な情報を小声で耳打ちする。

 「ご主人、深紅婦人の旗印の船がありませんでした。説明と違います」

 「ああ、さっき船頭に確認したが深紅婦人が購入したものはすでにどこかに移送されているらしい。しかも船ごとどこかに隠されてるって情報だ」

 ここに来る前、家から乗った御者に言付かれた情報によれば。深紅婦人は己が所有する船団を利用して「美麗なるもの」を移送していたそうな。しかも、合計六基。

 大型の船を何隻も所有する深紅婦人が、その中でも一番大きい船を動かして六基しか運べない代物。

 それをギャレアの「誰か」が、一夜にして丸ごと持ち出した……乗せてきてくれた船頭の情報が確たるものならば、今回は船を無理やり出航させて深紅婦人に手渡すわけにはいかなくなった。

 「つまり、俺が深紅婦人の言葉を深読みすると。ギャレアに俺に暴れて来いって言った理由は、つまるところ『諸般の問題をすべて叩き直せ』てことだろうな」

 「どういうことですか?ただ船を見つけて奪い取ればよいのでは?」

 血の気の多い女神様に苦笑しつつ、俺は手に持っていた桶を井戸に放り投げた。そして歩き出す俺に女神様は離れることなくついてくる。

 「この街の第一印象はどう思う?」

 唐突に俺が女神様に話しかけた。俺の問いの意図を探ることなく、女神様は間髪入れず己の所感を述べる。

 「脆弱です。周りに小高い丘があり、町の全容を一瞬で悟られます。城壁を如何様に高くしようと、丘より壁を高く積み上げるのは至難。その割には、周囲の丘には監視塔の類はありません。総じて、商人の町……私はそう推察します」

 驚いた。俺は女神様の顔を振り返って見つめた。視点は戦を司る女神様のものとはいえ、しっかり物事の本質を見抜く能力がある。

 「ご明察だ。ここはもともと商売のために作られた港でね。防衛のために仕方なく壁を築き上げたに過ぎない場所だ。さて、となるとこの街で最も権力を握っているのは?」

 俺の二つ目の問いにも、女神様は即答する。彼女の瞳が幾分か厳しくなった。

 「商人ギルド、ですか」

 「そういうことだ。その商人ギルドが町を管理する代官の私兵ではなく、独自の戦力を構築しようとしている……それが今回の問題だったな?」

 「ええ、そうでしたね」

 「さて、我らが依頼主の深紅婦人様は船団を持っていることは聞いた通りだ。だが使っていた港の一つで、積み荷を奪われる問題が生じた。──女神様が深紅婦人だとしたら、どう思う?」

 「忸怩たる思いですね」

 率直な女神様の言葉が、結局俺たちがギャレアにいる理由だ。


 「深紅婦人はきっと、俺たちに落とし前をつけてもらいたいのさ。己の積み荷を奪った連中が痛い目見るように、な」


 やがて見えてきた商人ギルドの旗印が吊り下げられた建物に視線を細めて、俺はこう付け加える。

 「そして……この問題を商人ギルドが知らないはずがない」

 「そうですね」

 ということで、俺らの最初の仕事はすでに明確だ。

 商人ギルドの私兵として、町に潜入すること。鍛冶屋の弟子が掃除から始めるのと同じように。

 「俺と女神様も、商人ギルドが募集する傭兵の仲間入りするぞ。潜入調査だ!」

 その声に、女神様の金色の瞳がどう猛に笑った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る