第4話

 女神様が家に着て数日。俺と女神様は雷銃の練習をしつつ、繰り返すように女神様の戦闘の感覚が戻るよう手合わせをしていた。

 「ふっ」

 数日前、おっかなびっくり雷銃を構えていたとは思えないほど上手く脱力した女神様が、練習用の木剣で俺を突いてくる。女神様の自然体が繰り出す突きが、もはや俺が反応できる限界の速度で。

 「んぎっ!」

 必死の形相で俺は体をのけ反らせて避ける。かすかに刺突に触れた俺の木剣と、奇声と共に沈み込ませた体が俺をすんでのところで守ってくれる。

 が、女神様は刺突した剣を一瞬で持ち直した。そのまま流れるように、女神様の剣が俺へと薙がれる。

 「んぎぎぃっ!」

 必死の形相で剣を顔の横に立て防御。だが俺の防御ごと女神様は俺を薙ぎ飛ばした。

 芝生の上を転がり何とか体制を立て直そうとする俺に女神様の剣戟が飛ぶ。

 俺が立ち上がった瞬間に再度刺突、首を狙った一撃をもはや声も出せず首だけ動かして避ける。──直後、まるで蛇のような動きで手元に戻った木剣が振りかぶられた。 

 わかっていても、防御しても。死を覚悟する振りかぶり。俺は思わず中腰から無理に飛び退き間合いを取る。腰が微かに悲鳴を上げるが、手合わせで本気になってる女神様にマッサージで労ってもらうことを決意。

 ……なんて考えている間に、女神様が剣を構え直した。そのまま剣を下げて、俺から視線を逸らす。

 「ん?どうした?」

 「お客様です」 

 女神様の声に俺も視線を彼女が向けた方向へと移す。そこには確かに、深紅のドレスに身を包んだ年齢不詳の女性が微笑みを湛えてこちらを見つめていた。彼女が俺を手招きする。──肌が泡立つ感覚が俺の心を支配した。

 「……はぁ、厄介な依頼主が来たな」

 俺が口の中で呟きつつ苦虫を噛み潰したような笑顔を彼女に向け、彼女へと歩み寄る。女神様も心得たもの、静かに木剣を置いて俺の三歩後ろをついてくる。

 「随分と美麗な戦女神を仕入れたものね。僕にも紹介してくださらない?」

 年齢不詳で中世的な女性は微笑みつつ俺に毒を吐きかけてきた。苛立ちや怒りよりも畏怖を感じた俺は静かに微笑みつつ「ええ、まぁ」とあいまいに濁す。

 「あの、彼女は」

 「彼女は深紅婦人と呼ばれている。俺の仕事あっせん先の一つでね、随分と羽振りがいい」

 女神様の誰何に俺が静かに、かつ波風が立たない答えを提示する。だが深紅婦人は微笑みつつ女神様に近寄り。

 ──急に、彼女の唇を奪った。

 「むぅ!?」

 「……ふぅ、いい柔らかさね。それで?羽振りはいいけど面倒な仕事を押し付けてくる僕が来た理由、お判りよね?」

 深紅婦人の暴虐に俺は頭を抱え、女神様は目を白黒してその場に立ち尽くす。深紅婦人は「美麗なもの」に目がなく、美麗なものを手に入れようとするならばどのような手段も辞さない性格だ。

 そんな彼女のキスをいただけた女神様は「お気に入り」という認識で間違いないだろう。初対面の相手の唇にねちっこいキスは、もはや暴力と変わらないのだが。俺が言ったところで何も変えられない。──彼我の上下差はもう明確だ、覆せはしない。

 その代わり、俺は深紅婦人の「話したい事」へと意識をもっていかせることにした。そうすれば女神様がこれ以上、いらぬ困惑を頭に抱くこともなくなる。

 「それで、本日のご用向きは何ですか?まさか女神様を買ったことを確かめに来ただけ、なんてわけじゃないでしょう?」

 「ええ、これが仕事の依頼」

 深紅婦人はそういいながら、俺に一枚の便せんを投げ渡した。器用に受け取った俺はその蝋封に丁寧にナイフを通し、中の手紙を取り出す。


 拝啓 深紅婦人殿


 例の品物ですが、国境沿いの港町であるギャレアにて巻き起こった、くだんの商人ギルドとギャレア私兵の騒乱に巻き込まれ、港に取り置かれております

 騒乱の解決がなければ安全な搬出は出来かねます、ご了承を


                     愛すべき貿易商より 敬具


 「ギャレア……確か商人ギルドが傭兵を集めてるってうわさは聞きましたが」

 ギャレアは確かに港町だが、俺たちがいる「家」よりずっと南の、内海に面した港町だ。商人ギルドが決起のために傭兵に金をばらまいているって話は俺も耳にしていたが、興味がなくて無視していた。

 俺が婦人をみると、婦人はボブヘアの髪を揺らしつつ指に手を当てウィンク。

 「僕のために、僕の愛すべき美麗なるもののために……少し、ギャレアで暴れてくれないかしら」

 深紅婦人の言葉に俺は顎に手を当て、女神様を見た。女神様は婦人の言葉に静かに息を吐き、俺に頷きかける。

 確かに女神様が勘を取り戻す速度は目を見張る。雷銃もすでにそつなく使いこなしているし、問題はない。──俺も判断を決め、深紅婦人に視線を戻し首肯した。

 「金子、二人分で」

 「いいわよ。ただし、美麗なるものと引き換えでいいわね?」

 「へいへい」

 俺が面倒くさそうに返事を返すと、深紅婦人は微笑みを深めて踵を返した。彼女が歩み去るのと入れ替わりに、彼女が差配しただろう馬車が俺の家へと近づいてくる。

 「すまないな女神様。仕事の時間だ」

 「いえ、いいんです。それに、彼女の唇も柔らかかったですし」

 「男だ」

 「え?」

 「お、と、こ!……あいつは地獄耳だ、説明はいつかするさ」

 辟易と何度となく繰り返した言葉を女神様にも押し付け、俺は荷物を取りに家へと足を向ける。

 「ま、これで金子に困ることはなくなるだろうな」

 俺はこの時、本気でそう思っていた。

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