第3話

「魔力測定値、350! 合格圏内だ!」


「次は僕だ……よし、420! 見たか!」


教室の中は、一喜一憂する生徒たちの声で満ちていた。


昨日の実技騒ぎから一夜明け、今日の授業は座学と『魔力測定』だ。

教室の前方には、バスケットボールほどの大きさがある透明な水晶玉が置かれている。

あれに手をかざし、内包する魔力量を数値化するのが、この世界の常識的な強さの測り方らしい。


(……くだらないな)


僕は自分の番を待ちながら、ぼんやりとあくびを噛み殺した。


この世界の魔法使いが使う『魔力(マナ)』とは、大気中に漂うエネルギーを体内に取り込み、変換したものだ。

対して、僕が使う陰陽術の源は二つ。

自身の生命エネルギーを練り上げた『呪力(チャクラ)』と、大地そのものに流れる『龍脈』の力だ。


OSが違うパソコンのようなもので、そもそも互換性がない。


「次、ハルト・アンベルク。前へ」


教官の不機嫌そうな声に呼ばれ、僕は席を立った。

昨日の今日だ。教室中の視線が突き刺さる。


「おい見ろよ、昨日のインチキ野郎だ」

「魔道具なしでどれくらいの数値が出るか見ものだな」


クスクスという嘲笑の中、僕は水晶玉に手を乗せた。


(まあ、予想はつくけど)


僕は無心で手を置く。

本来なら、水晶玉が光り輝き、数値が浮かび上がるはずだ。


だが――。


シーン……。


水晶玉は沈黙したままだ。

光りもしなければ、数値も出ない。

強いて言うなら、測定不能の『ゼロ』。


「……っぷ」


誰かが吹き出したのを皮切りに、教室中が爆笑に包まれた。


「あはははは! 見ろよあれ! 光りもしないぞ!」

「魔力ゼロ!? 一般人以下じゃないか!」

「やっぱり昨日のあれは、魔道具の暴発だったんだな。化けの皮が剥がれたぜ!」


ギリアムが腹を抱えて笑っている。教官も「やれやれ」といった顔で溜息をついた。


「ハルト、お前の魔力は測定不能……いや、皆無だ。魔法使いとしての適性は絶望的と言わざるを得ん。席に戻れ」


「はいはい」


僕は肩をすくめて席に戻る。

むしろ好都合だ。これで「昨日のあれはマグレ」という認識が確定した。

平穏な学園生活への切符を手に入れたようなものだ。


――そう、あの銀髪の少女が動くまでは。


「次。アイリス・フォン・ルークス。前へ」


名前が呼ばれた瞬間、教室の空気が変わった。

凛とした足取りで進み出たのは、この国の第二王女にして、学園始まって以来の天才と名高いアイリスだ。


彼女は無表情のまま、白磁のような手を水晶玉にかざした。


カッッッ!!!!


直後、目を開けていられないほどの閃光が走った。


「うわっ、眩しっ!?」


「ピ、ピピ……測定限界突破!? エラー、エラーです!」


教官が裏返った声で叫ぶ。

水晶玉は激しく明滅し、バチバチと音を立てて――パリン、と小さな亀裂が入ってようやく鎮まった。


「す、すげえ……測定器を壊したぞ」

「桁違いだ。あれが王家の血筋か……」


畏怖と羨望の眼差し。

先ほどの僕への嘲笑とは真逆の反応だ。


「……つまらないわ」


しかし、当のアイリスは退屈そうに呟くと、ハンカチで手を拭った。

そして、教官の指示を待たずにスタスタと歩き出す。


向かう先は、自分の席ではない。

教室の隅――僕の席だ。


「え?」


教室内がどよめく。

アイリスは僕の目の前で立ち止まると、その蒼氷のような瞳で僕を見下ろした。


「あ、あの、王女殿下? 僕になにか――」


ドンッ!


「……っ!?」


次の瞬間、僕は机に押し付けられていた。

アイリスが両手を僕の机につき、顔を寄せてきたのだ。

いわゆる「机ドン」の体勢である。


顔が、近い。

陶器のように滑らかな肌と、長い銀のまつ毛。

ふわりと香る、高貴な花の香りが鼻をくすぐる。


男子生徒たちの「はあぁぁぁ!?」という悲鳴が聞こえるが、彼女は意に介さない。


「……とぼけないで」


アイリスが、僕にしか聞こえない声量で囁く。


「魔力ゼロ? よくもまあ、そんな白々しい演技ができたものね」


「……なんのことかな。測定器が壊れてるんじゃない?」


「嘘よ。昨日の巨人殺し……あれは魔力なんてチャチなものじゃなかった。もっと鋭くて、研ぎ澄まされた『理(ことわり)』の干渉……」


彼女の瞳は、侮蔑ではなく、飢えた獣のように輝いていた。

まずい。

この王女様、ただの天才じゃない。

とんでもない「魔法オタク」だ。


「ちょ、ちょっと付き合いなさい」


「え、遠慮します。次は歴史の授業が」


「拒否権はないわ」


ガシッ。


アイリスは僕の手首を掴むと、驚くべき馬鹿力で引っ張り上げた。

華奢な体のどこにそんな力が、と思うほど強い。


「あ、おい! ハルト! 王女殿下に何をする!」

「離れろゴミ虫ーッ!」


ギリアムたちの嫉妬に狂った怒号を背に、僕は教室から強制連行されたのだった。


   ◇ ◇ ◇


連れてこられたのは、人気のない中庭の東屋(あずまや)だった。

周囲には結界のような魔法が張られ、音が外に漏れないようになっている。


手回しがいい。


「……で? 何の用かな、王女殿下」


僕が観念して尋ねると、アイリスは組んでいた腕を解き、一歩詰め寄ってきた。

相変わらず距離感がバグっている。


「単刀直入に言うわ。私に、あなたの『技術』を教えなさい」


「技術?」


「シラを切っても無駄よ。あの紙切れ……呪符、と言っていたかしら。あれの理論を私に提供してほしいの」


彼女は少しだけ視線を伏せ、悔しそうに唇を噛んだ。


「……見ての通り、私の魔力は強すぎるわ。今の魔法技術では、出力の制御が追いつかない。杖を使っても、すぐにオーバーヒートして壊れてしまう」


ああ、なるほど。

先ほどの水晶玉もそうだが、彼女はエンジンがF1カーなのに、タイヤが軽自動車なのだ。

現地の未熟な魔法式では、彼女の膨大な魔力を御しきれていない。


「昨日のあなたの術……あれは違った。極小の触媒で、完璧にエネルギーを制御し、収束させていた。あれがあれば、私は……」


アイリスは再び顔を上げ、僕を睨みつけた。

その瞳には、王族としてのプライドと、一人の術者としての切実な願いが混ざっていた。


「私の『暴走』を止められるのは、この国であなただけかもしれないの」


彼女は僕の胸倉を掴み上げ(だから距離が近い)、潤んだ瞳で懇願――いや、脅迫してきた。


「お願いよ。私をあなたの弟子……いえ、実験台でもいいわ。その『陰陽術』とやらを、私に刻み込みなさい」


「……はい?」


どうやら僕は、とんでもなく面倒くさい王女様に目をつけられてしまったらしい。

平穏な学園生活(予定)が、音を立てて崩れ去る音がした。

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