第4話 ダブルオウよ,僕をつれていけ!

 木立のなかに逃げこむと人心地がついた。樹木が防御壁となってくれて体感温度は歴然と違った。先を歩く誠皇晋の頰にも色が戻った。

 5分も歩かないうちに異変に気づく。追尾されているらしい……

 誠皇晋が立ちどまる――「いつまでついてくるんだ? 目的はなんだ? つかまえるつもりか? 偵察した情報を親分に報告するだけか?」

 ――追尾者に反応はない。

「返事しないなら,こっちから行くぜ――曼珠沙華の組員さんよ!」誠皇晋が肩を怒らせたところで,背後の茂みがガサガサッと揺れるなり3体の影がもりあがる。

 ――皺まみれの顔面を除き赤黒い液滴の逬る巻き毛に全身をおおわれた短軀のそれらはひどく憤慨しつつもべそをかく人面を擡げながら自らを極限に丈高く見せようとするみたいに胸を反らせ伸びあがり飛翔しようとしたが,がくっと3体いっぺんに力尽き,泥濘む地面に倒れこんだ。

 SS型のスノーマンたちだった。疲労困憊極まりない様子だ。

「赤男……」誠皇晋は鼻先をうわむけてスノーマンたちを睥睨していたが,すぐさま僕を促し先を急ごうとした。

「だ,檀那!――」一体のスノーマンが両肘を泥濘におしつけ上半身をわずかに起こした。「このまま行っちまって宜しいんですかい!?」

「なんだって?」誠皇晋がむきなおる。

「そ,その――檀那たちもえらく腹が減ってるみてぇじゃねぇですかい。俺たちを食わねぇで構わないんでぇ?」

「バッロッー! 俺らはグルメなのぉ! おめぇらみてぇ得体の知れねぇキモイの食えっかよ!」

「お人が悪い……」赤男がニヤリとする。「檀那だって オイラの 臭いがプンプンしますぜ。氷雪没嘉宮里の里人同様にさ――きどってみたって仕様がねぇ,オイラの仲間を食った紛れもねぇ証拠でさぁ」

 誠皇晋は驚きの表情を隠せなかった。

「……まさか,檀那……檀那は知らずに食ったんですかぃ,スノーマンの肉を?」

「里人にとっちゃ貴重な食糧源なのさね。年中雪深い不毛の土地だ……作物なんぞ育ちやしない……里人もスノーマンも,ここでは食えるもんは,みな御馳走だ。食わなきゃ生きてけないのさね……」別の赤男がぐったり横たわったまま言ってから眼瞼を閉ざす。

 俄かに人声が飛びかった。

 集落のほうが騒がしい。

「追っ手が来ますぜ……」

「南無阿弥陀仏……」

「いやだ,いやだ,僕はいやだ! 毛を毟られ皮を剝がれ肉を割かれ腸もひっこぬかれる。それでも死ねずに骨や髄まで潰されるんだ! 恐いよ,恐い,つかまりたくない!」起きあがろうとするが,鼻水や涎が垂れるばかりだ。

「行けよ」誠皇晋が呟いた。

「檀那?……よ,宜しいんで?……」

「急げってば」

 赤男たちは幾度か頭をさげてから互いを支えあい,足をひきずりながら木立の奥へと消えていった。

 僕の歩きはじめようとするなり,誠皇晋が唇に人さし指をあてる。

 足音が聞こえる。駆けてくる――

 誠皇晋と僕が大木の陰に身を隠すと同時に,誰かがつまずいて転倒する。

 スカートから露わになった両足が傷だらけだ。衣類もあちこち破れ,長い黒髪から覗く横顔にも傷を負って――――!!!

中洲なかす未知瑠!――」誠皇晋が僕の腕をひっぱる。「――中洲 未知瑠がなんで,こんなとこに?!」

 風呂あがりの未知瑠の素顔に,美容整形手術の痕跡を認めた出来事が記憶に蘇る。右口端のホクロを除去したのだと彼女は気怠げに笑った……

 未知瑠は珠侑幸と光唯邑の身内だ――曼珠沙華麗がひきわたせと要求した平良の家族とは未知瑠のことだったのだ。

 未知瑠は曼珠沙華組より逃れなければならない,退っぴきならぬ事情をかかえて四国の実家を頼って逃避行に踏みきった。ひどく追いつめられた状況に陥っていたせいで,あんなにも精神が不安定になり僕に八つあたりしていたのだ。

 粗暴な男たちの声がいりみだれながら迫ってくる――

 未知瑠は,僕たちから数メートルほど離れた茂みに,四つん這いで潜りこんだ。

 無意識に動きだした僕の体を,誠皇晋が制止する。「放っておけよ,あんな女――」 「あの女とか――その言い方,やめろって」

「先生だった女だからか? そのセンコーは自分の罪をおまえになすりつけたんじゃねぇか。中洲未知瑠はおまえに敬われる価値ねぇよ」

「呼び捨て,よせ!」

 誠皇晋と僕は静かに揉みあった。

「大体,今は人のこと心配できる状況じゃねぇだろっ!」

「だったらセイノシンも僕に構うな!」

「俺の場合は,そうはいかねぇ! 責任あるって言ったろ!」

「また,その話か!」

「しぃしぃしぃしぃっー!」誠皇晋が僕の口を塞ぐ。もの凄い力で,強引に,有無を言わさず!――

 もう十分だ!――僕は誠皇晋の急所を蹴りあげた。

 誠皇晋はもんどりうって倒れ,地面で悶えている。

「セイノシン,僕から自由になれ。元々おまえに責任なんてないのさ。母さんと父さんに義理だてする必要――全然ないから」

 僕は全力疾走で集落へあと戻りした。

 曼珠沙華組の人間とぶつかり,捕縛とも保護とも判別できない状態で包囲される。

「ダブルオウ!――」僕は吹雪に叩かれながら叫んだ。――さっきの女の人は君だよね! 奥納戸から出してくれてアリガト! 君はいつも助けてくれるけれど僕は駄目みたいだ! 僕は秘密なんか守れない大阿呆なのさ! だからもういい!――「もう僕をつれていけ!」

 氷雪没嘉宮里に雪の悲鳴が渦巻いた。

 曼珠沙華麗は微笑すら湛えて近づいてくる。また相手の意思とは関係なしに人を虐げ服従させて悦にいろうって魂胆なのさ――でも恐くない。すぐにここを去ってやるから。ダブルオウ,ここだよ。聞こえているのだろう,早く僕をつれていってくれ。

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スノーマンよ,僕をつれていけ!――惑乱の人③-5―― せとかぜ染鞠 @55216rh32275

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