第2話 それぞれの推理

「あれ、清藤?」


 翌日の午後一時半、大学からほど近い駅。突然声をかけられ、法子は振り向いた。


 反対側から慣れた顔が歩いてくる。鳥越だった。昨日と色違いの半袖シャツを着ている。


「これから出かけるのか?」


「ええ。本を買いに」


 法子がよく利用する書店は、ここから三駅ほど先にある。街の中心にある割には、落ち着いた雰囲気の店が多く、年代を問わず多くの人々が利用していた。


 その中には帝明大学の学生も多いが、北海道出身の法子にとって、中央にそびえ立つだけはどうしても好きになれなかった。その点を除けば、法子もまたこの街をよく利用する大学生の一人だった。


 それにしても、鳥越はこんな所で何をしているのだろう。法子は素朴な疑問をぶつけてみた。


「鳥越君は? 西園寺さんとのデートはどうなったんですか?」


「もちろんさ!」鳥越は自信満々に言い放った。


「そういえば、清藤も昨日あの場にいたな。西園寺さんの暗号は見たか?」


「いいえ」


「そうか、なら君にも見せてやろう。もちろん、俺の推理も一緒にな」


 頼んでもいないのに、鳥越はカバンから昨日の紙を出してくる。法子の都合などお構いなしだ。まあ、誰かと待ち合わせしているわけではないのだが……。


  もののけもスキーとスノボ

  古いいかだから降りたなら

  同級生と東京行きに乗れ。

  敵がこないか注意しないと

  うそつきには天罰が下る。


   ヒントは構え

   まずはそこからだ


「もののけ……?」法子は首をかしげる。相変わらず、麗香の考える暗号はよく分からない。


「そこはまあ置いといてくれ。ヒントは文字通り、下の『構え』なんだ」


「構え?」


「ああ。『構え』を読み替えてみるんだ。もっと言えば、ひらがなに直すんだな」


 ひらがな? 言われるがままに法子は頭の中に「かまえ」と書き出してみる。すぐに鳥越の言わんとしていることが分かった。


「もしかして……『か・まえ』、つまり『か』の前?」


「その通り! そうやって『か』の前を抜き出してみると……」


 

 

 


「『いだい』、つまり『医大』ってことさ! まあ、帝明大学うちの医学部ってことだろう」


「だから……」ようやく法子にも、鳥越がなぜこんな所にいるのかが分かった。


「そう! 今から出れば、二時には医学部のキャンパスに十分間に合うはずさ。実家住まいの貝塚がそこまで着くには倍以上はかかる。俺の勝ちだな! じゃあな、勝利の知らせを待っててくれ!」


 そう言うが早いか、鳥越は法子の返事も待たずに改札の向こうへと消えていった。それとほぼ同時に、


「フフフ……」


 という笑い声と共に、側の柱の影から眼鏡をかけた長身が現れた。


「貝塚君! ずっと聞いてたんですか?」


「ああ」貝塚はきざったらしく、角縁の眼鏡を指で押し上げながら自慢げに言った。


「駅まで来たら、君たちの姿が見えたんでね。鳥越の奴が得意そうにしてたときは少し焦ったけど、どうやら杞憂だったようだな」


「杞憂って……貝塚君の答えは違うんですか?」


「もちろん! あいつが考えることなんて、僕はとっくに気付いていたさ。その上で、西園寺さんがそんな簡単な暗号を出すはずがないと思った。あれはミスリードだよ」


 法子の返事を待たず、貝塚は自分が渡された紙を広げて見せた。


「もし本当に『か』の前が答えなら、この暗号は二行目と三行目だけで良いはずだ。それなのに五行もあるってことは、他にも『か』があるってことになる」


「他にも?」


「ここだよ。一行目を見てくれ」


 法子は貝塚が指さす箇所に目を向けた。


  もののけもスキーとスノボ


もののけ……も、スキーと、スノボ……


「あっ」


「分かったかい?」貝塚が悦に入った笑みを浮かべる。


「もののけスノボ。モスキート、つまりさ。ここにも『か』がある。」


「ってことは……」


「この暗号の答えは、医大じゃなく『けいだい』、つまり境内ってことさ」


「でも、境内ってどこの? この街に神社やお寺はたくさんあると思いますけど」


「もう見当はついてる。西園寺さんのマンションからも駅からも近く、おまけに縁結びの御利益があるのは、鹿馴しかなれ神社だ。ハハハ、鳥越め、ざまあみろ! 勝のは僕だ!」


「あ、ちょっと待って……」


 貝塚も、法子が何か言う前に、改札をくぐっていった。後に残された法子はしばらくの間、何かを考え込む様子で改札口に佇んでいた。

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クリスマスの暗号 小原頼人 @ohara-mis

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