クリスマスの暗号

小原頼人

第1話 デートの条件

 クリスマス。人々は家族や友人、あるいは恋人と、思い思いの時を過ごす季節である。


 そして、恋人のいない者は、意中の人物と甘い時を過ごそうと、あるいは様々な策を巡らせ、あるいはストレートにアプローチをするのだった。


 そんな中。


「お願いします、西園寺さいおんじさん! 明日のクリスマス、どうか俺とデートを!」


「いいえ、それよりも僕と!」


 クリスマスを明日に控えた十二月二十四日。県下でも屈指の偏差値を誇る私立大学、帝明ていめい大学のキャンパス内で、二人の男子学生が揃って頭を下げていた。


 最初に声をかけたのは、法学部の三年生、鳥越とりごえ裄人ゆきと。十二月だというのにチェックの半袖シャツの袖からは、ボート部で鍛えたという日焼けした腕が覗いている。


 その鳥越に遅れて声を発したのが、工学部の三年生、貝塚かいづか真之助しんのすけ。自宅と研究室の往復で一日のほとんどを費やすという色白の細面で、身長は鳥越と変わらないにもかかわらず、横幅はその半分にも及ばなかった。


 あの二人、またやってる。集まった野次馬の中、思わず心中でそう呟いて、清藤きよふじ法子のりこは嘆息した。


 文学部三年生の法子が学部の違う二人を知っているのは、昨年まで第二外国語として同じドイツ語を履修していたのもあるが、それ以上に二人が頭を下げている相手によるところが大きかった。


 二人の視線の先には、一人の女子学生が所在なげに佇んでいる。緩やかにウェーブした黒髪に、均整の取れたプロポーション。気まぐれな猫を思わせるアーモンド型の目が、試すように二人を見ていた。


 西園寺麗香れいか。経済学部の三年生で、京都の老舗和紙メーカーの社長令嬢。その容姿は男女問わず多くの人を惹きつけていた。中でも、一年生の時から彼女と同じ教室で学んでいた鳥越と貝塚にとっては、麗香の気を引く台詞の方が、ドイツ語の文法より重要なのだった。


 麗香は二人の後頭部を交互に見て、ハア、と息を吐いた。


「あのなぁ、うち、二十六日の朝には実家に帰らんとあかんのよ。せやから、クリスマスは一緒におられへんて言うたはずやけど、困ったわぁ」


 言葉とは裏腹に、どこか面白がるような口調だ。


 貝塚が一歩進み出た。


「そう言わず! 二時間、いや、一時間だけでも! 少しディナーを食べて、その後はイルミネーションでも楽しみませんか?」


 それを押しのけるようにして鳥越が進み出た。


「そんなありきたりなデートより、俺とドライブを! 二子良須にこらすさんの頂上から見る夜景は、絶景だって評判ですよ!」


「何だと、貴様!」「そっちこそ!」


 にらみ合う二人。その様子をじっと見ていた麗香だが、やがてニヤリと笑った。


「せや。それなら二人、これで勝負したらええわ」


 そう言って、肩に提げたカバンから二枚の紙を取り出す。それを見て、あ、これまずい、と法子は思った。


 麗香だが、一つ、変わった……というより困った癖があった。その癖とは。


「ちょうど昨日、一つ思いついた所なんよ。印刷したんが二枚あって良かったわぁ」


 楽しげに麗香は紙を一枚ずつ鳥越と貝塚に手渡した。突然のことに目を白黒させる二人だったが、それが何なのかはすぐに分かったようだった。


「これって……暗号?」


(やっぱり……)


 貝塚の声を聞いて、法子はまたしても心の中でため息を吐いた。


 麗香の癖、それは無類の暗号好きだということだった。暗号の出てくる推理小説なら一通り読んだというだけではなく、自作の暗号――それも相当難解なもの――を周囲に解かせようとするのが最近の麗香の趣味だった。


 反応を見るに、鳥越と貝塚はその趣味については聞いたことがなかったらしい。いや、噂には聞いていたが、そこまで本気にはしていなかっただけだろうか。


「せっかくやから、これを先に解けた人とならデートしてもええよ。明日の午後二時から三時まで、その暗号の答えの場所で待ってあげる。固有名詞が出てくるわけとちゃうけど、この街に一つしかないもんやから、解けたらどこか分かるはず」


 ほな、頑張って。そう言うと、麗香はきびすを返して去っていった。その背中を、鳥越と貝塚は呆然と見送っていた。


 ***


 麗香が二人に渡した暗号には、このような文章が書かれていた。


  もののけもスキーとスノボ

  古いいかだから降りたなら

  同級生と東京行きに乗れ。

  敵がこないか注意しないと

  うそつきには天罰が下る。


   ヒントは構え

   まずはそこからだ


 この時点では法子は暗号の内容を知らなかったし、それを解く気もなかった。


 翌日、それを目にするとは夢にも思っていなかった。

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