優しさって、なんだろう
K君は、どうしてこうなったのでしょう。
K君は、決していじめられていたわけではありません。嫌がらせを受けたわけでもありません。小学生から高校生までのクラスのみんなは、とてもいい人だったんです。
なのに、彼は学校に行けなくなりました。K君はそんな自分が嫌いでした。優しいみんなを嫌いになりそうな自分が、嫌で嫌で仕方ありませんでした。
友達と呼べる人がいないと言いましたが、そんなことなかったと、今では思います。近所の幼馴染や、小学一年生から中学三年生までずっと同じクラスだった子もいて、よく公園で一緒に遊んでいました。
それなのに、K君は友達なんていないと思ってしまいました。K君は、さらに自分が嫌いになりました。
K君は結局何も変わっていませんでした。幼少期のヤンチャな時期は別として、K君の行動には一貫性があります。
『みんなのために行動する』
それがK君のモットーなのかもしれません。周りの人が迷惑だから注意する。みんながやりたがらないけど、必要なことだから自分がやる。雰囲気を悪くしないために発言する。全て、『みんな』が理由にあります。
今思うと、K君は人に頼まれて行動するより、その前に動き出すことのほうが多かったです。もちろん、人に頼まれたことは断りません。ですが、K君はそれ以上に、みんなのために何ができるかと考えていました。それが結果的に、みんなの役に立っていたかは置いておいて、K君はみんなのためという大義名分のもと、行動していました。
悪く言えば、自業自得だったのかもしれません。何せ、人に頼まれてもいないことをして、自分にダメージを与えているのですから。それでもK君は、自己犠牲をいいことだと思っていました。人のために我慢をするのは悪いことではない。そう思っていました。
K君に悪いところはあります。
小学生時代、彼は本当に嫌われていたのでしょか。あのとき、確かにK君は嫌味を言われました。けれど、K君はその後も普通に学校生活を送りました。仲間外れにされたわけではありません。嫌われていたと思ったのは、考えすぎだったかもしれません。
中学・高校時代。彼は学級会長や合唱コンクール実行委員長、部長を仕方なくしたと言っていますが、立候補すると決めたのは彼です。他のみんなと同じように、手を挙げず、誰かが手を挙げるまで待てばよかったのではないでしょうか。みんながK君を推薦したとしても、嫌だと断ればよかったのではないでしょうか。
K君は『人のため』と言いながら、自分のために行動していたのではないでしょうか。自分が嫌だから、そのために動いていたのではないでしょうか。
『人のため』は、単なる言い訳だったのかもしれません。
「思わせぶりな態度はしないであげてよ。」は、もっともです。二人で遊びに行っておきながら、気がないというのは、人の気持ちを弄んでいたのかもしれません。
でも、当時のK君には、断るなんて選択肢がありませんでした。断るのは不誠実だと考えていたからです。
K君は思いました。
『気付かぬうちに人を傷つけた。』
『最低なことをしてしまった。』
K君はさらに自分を嫌いになりました。
K君は、何か間違っていたんでしょうか。人のために行動しようとしてきたK君は、どうしてこうなってしまったんでしょうか。どうしたらよかったんでしょうか。
僕は、優しい人なんでしょうか。
優しくあろうとしたK君 青い葵 @aoinaaoi
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