高校生時代

 K君は県内の高校に進学しました。片道、自転車と電車で一時間半かかりましたが、早起きのK君にはなんてことありませんでした。


 K君には心に決めたことがありました。絶対に会長や委員長などのリーダーポジションを引き受けない。これだけは絶対に譲らないと誓っていました。これまでの経験から、こう考えたのは仕方がなかったと思います。


 最初のクラス会議。学級会長決めは、案外すぐに終わりました。積極的に手を挙げてくれた女の子が一人いたのです。彼女はその後、会長を三年間やり続けました。


 K君はその時思いました。貧乏くじを引いてくれた彼女が困っていたら、積極的に助けてあげよう。貧乏くじの辛さをよくわかっていたK君は、そう誓いました。


 クラスで決め事があり、みんなが全く意見を出さないで会長が困っていたとき、K君は積極的に意見を出しました。文化祭の出し物は、二年連続でK君が考案したものになりました。授業で先生が意見を求める中、みんなが黙り込んでいるとき、K君が真っ先に発言をしました。すると、先生は満足そうに頷くのです。実験実習では、事前に資料を読み込み、みんなを引っ張っていました。班の仲間は、「K君が同じ班で良かった。」と、感謝してくれました。


 K君は結果的に、会長だけでなくクラス全体の力になろうとしていました。K君は人当たりがとてもよく、人に嫌われることはなかったと思います。あまりの性格の良さからなのか、ある人はK君を『英国紳士』と呼んでいたそうです。


 K君は、高校でも野球部に所属しました。本当は弓道をしてみたかったのですが、弓道部がなかったため、そのまま野球を続けることにしました。


 K君は、誰よりも早くグラウンドに来て、練習の準備をしました。小学生の頃から、それは当たり前でした。道具出し、ライン引き、グラウンド整備。いつしかK君の担当になっていました。余った時間は、自主練習に費やしました。その練習の甲斐あってか、一年の秋からレギュラーに就くことができました。K君はとても嬉しくなり、より一層練習に励みました。


 しかし、世の中は残酷です。二年生の春、K君は全治半年に及ぶ怪我をしてしまいました。病名は腰椎分離、腰の骨が疲労骨折してしまったのです。


 K君はとても悔しく、枕を濡らしました。けれど、いつまでも泣いてはいられません。先輩方の最後の大会は目の前です。


 K君はチームのサポートに徹しました。三年の先輩のマネージャーと共に、チームのために働きました。練習の準備はもちろん、部室の掃除やボール拾いなどもしました。大会終了後、先輩方からは「本当にありがとう。」と言われ、K君はとても嬉しく思いました。


 自分が最高学年となり、部長を決めるミーティングが行われました。話し合いの末、K君は部長になりました。


 K君は内心、部長をやりたくありませんでした。小学、中学時代は、キャプテンになったらやめるというほど、そのポジションは嫌いでした。しかし、K君は嫌だと言えませんでした。K君は、断ることができなかったのです。


 K君はたとえ嫌なことだったとしても、やるからには全力で取り組まなければいけないと考えていました。だから、K君は良き部長を懸命に演じました。


 怪我が治るまではみんなのサポートに専念し、怪我が治った後は、プレーでチームを引っ張っていきました。


 キャプテンとしての仕事を果たしながら、マネージャーとしての役割もこなしました。顧問の先生とコミュニケーションをしっかりとり、雨の日は体育館を使えるか、他の部の先生に掛け合いました。


 K君は忙しい日々を送っていました。


 そんな毎日は、突然終わりました。


 K君は学校に行けなくなったのです。


 ある日、学校の最寄駅に着き、駐輪場へ向かっていたとき、K君は足が動かなくなりました。頭では動こうとしていても、身体がいうことを聞かないのです。


 そして、気づいたら帰りの電車内でした。携帯を見ると、クラスの何人かからメールが届いていました。


『風邪?』

『今日は休み?』


 K君は携帯の電源を切りました。それから一週間は、携帯を一切触りませんでした。


 一体どうしたのでしょうか。K君は、なぜ学校に行かなくなったのでしょうか。


 K君は、苦痛に感じていました。毎回毎回の授業で、誰も手を挙げず、渋々手を挙げるのが、嫌でした。クラスのみんなは、一切発言をしなくなりました。授業の内容を問う問題だけではなく、ただただ議論する場でも、何も言わなくなりました。


 そんなとき、先生はK君に発言を求めるようになりました。何も言いませんが、K君に目線を合わせるのです。そして、K君は誰かが言わないか、少し様子を見てから発言をします。本当にわからないときでも、頑張って考えて答えます。その答えが間違っていると、先生が解説します。K君が何も言わず、クラスが静まり返ると、先生によっては不機嫌になります。K君はそれが嫌で、発言をし続けました。


 たいしたことではないのですが、少しずつストレスが溜まっていたのかもしれません。


 K君は疲れていました。部長兼マネージャーの仕事に。キャパオーバーでした。そんな中、部の仲間はこんなことを言います。


「練習めんどくさい。」

「早く帰りたい。」

「雨降ってるじゃん。」

「体育館空いてたのかよ。ついてないわ。」


 K君は何のために頑張っているのか、わからなくなりました。


 K君は、胸の内を一切打ち明けませんでした。言うことによって、雰囲気が悪くなるのが嫌だったからです。だからK君は、平静を装い続けました。常に笑顔で、優しくあり続けました。


 『人には優しくなければならない』


 K君はそう考えていたからです。


 そんなあるとき、K君はとある女の子にこう言われました。


「週末、遊びに行こう。」


 その子はK君とある程度仲がいい子で、テスト前には勉強を教えることもありました。K君はせっかく誘ってくれたのだからと、承諾しました。


 一緒に遊びに行ってからしばらく経ったある日、何かの行事で、保護者が学校に来ることがありました。その時、K君はその女の子の母親に会いました。


 K君はその子の母親に言われました。


「あの子とはどうなの?」


 K君は「仲良くさせてもらってます。」と言います。すると、お母さんは「早く勇気を出しなさい。」と言いました。


 K君はなんのことかさっぱりわかりませんでした。K君がきょとんとしていると、お母さんは言います。


「好きなんでしょ。」


 K君はびっくりして一瞬固まりましたが、次のようにいました。


「いいえ。」


 それを聞いた彼女の母親は、心底驚いた様子でした。K君に「本当に言ってるの?」と聞き、K君が「本当です。」というと、ため息をつきました。


「K君は、なのね。」


 そう言いました。そして静かに


「思わせぶりな態度はしないであげてよ。」


そう告げました。そして、その場を静かに去りました。その後、仲の良かったその女の子は、K君に対して口をかなくなりました。


 そして、K君は学校に行かなくなりました。


 この時代も、思い出したくありません。

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