「……」

『……』

 確かに、あの子供は同じ場所(・・・・)をぐるぐると走り周っている。

『キスティさん、ひょっとして天才なのではないでしょうか?』

 奇遇だな。俺も全く同じことを思ったよ。

「ど、どうかな? 私、ウェネルの役に立てたかな?」

「ああ、本当に助かった。ありがとうな」

「え、えへへっ」

 キスティが照れ笑いを浮かべると、丁度リアがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 こちらを周回遅れにしようと、相手は猛スピードで近づいてくる。

『マスターならご認識されていると思いますが、会話ができるほど接近したと判定されなければ、そのままリアさんに追突されてしまいます』

 ああ、わかってるよ。

 そんな話をしている間に、もうリアが目前まで迫っていた。

 ……ええい、やるしかない!

 俺は意を決して、一歩前に踏み出した。

「や、やあ。ちょっといいか、うぉっ!」

 声を荒らげたのは、失敗してリアに追突されたから、ではない。

 相手が急ブレーキをかけたので地面がえぐれ、小石がこちらに飛んできたのだ。

『だ、大丈夫ですか? マスター!』

 石礫でめっちゃ痛いぞ、これ! 絶対アザになってる!

『で、ですがそのおかげで、リアさんの暴走が止まりました。スピードバグは修正されています』

 お、そうか。それはよかった。それじゃあ、後は話かけた理由を適当に誤魔化して――

 

「縺薙s縺ェ謇?〒豐ケ螢イ縺」縺ヲ縺ヲ縺?>縺ョ?溘♀蜈?■繧?s縲よ搗髟キ縺輔s縺悟他繧薙〒縺溘h縲?」

 

 セリフがバグって文字化けしてんじゃねーかっ!

 さっきまで普通に笑って走ってたのに!

『エンコーディングの問題か、フォントの問題か、あるいはメモリの問題か。ここのセリフだけバグっているようですね』

 ……まぁ、言っても仕方がないか。どうすればこのバグを直すことが出来る?

『このバグを修正するには、元のセリフを明らかにする必要があります』

 なんだ。そんなことでいいのか。

 このバグは今まで出会ったバグの中で一番直すのが簡単なバグだ。

 デバッグをやり続けてきたおかげか、元のセリフは頭の中に入っている。

 ここでのリアのセリフは、『こんな所で油売ってていいの? お兄ちゃん。村長さんが呼んでたよ。』だ。

『バグの修正が確認できました。流石です、マスター! これで村に発生したバグは、現在(・・)修正可能なものは全て潰せたようです』

 その言い方だと、まだバグは残っているんだな。

『はい。現状だと、出入り出来ない場所もありますので』

『デバッグ』の言っている場所に、心当たりがあった。

 つまり、ストーリーを進める必要がある、ってことか。

『そうなります』

 ……とりあえず今は、あそこにバグがなくてよかった、と思うべきかな。

 そう思い、視線を向けたのは自分(ウェネル)の家だ。

 その二階、俺の部屋の窓は、外から見る限り異常はなさそうだった。

 言わずもがな、あそこの二階の窓はラスダンと直結している。

 内側に問題があったのだから外側にも問題があるのでは? と考えていたのだが――

 でも、今行ける場所で修正可能なバグはもうないってことは、あの窓の外側にバグはないって考えていいんだよな?

『はい。マスターのご認識のとおりです。』

 あそこを媒介に村全てがラストダンジョンに侵食されていたら、もうそこで完全に詰んでいただろう。

 不幸中の幸い、といったところか。

「よし、キスティ。ひとまず目に付くところは問題なさそうだから、村長のところに行こう」

「うん、わかった! でも、その前に、ヒール!」

 キスティの言葉にあわせるように、俺の体が温かい光に包まれる。

 すると、先程石礫で出来たアザが綺麗さっぱりなくなった。

「はい、これでよし、っと」

「悪い、助かったよ」

「いいっていいって。子供の頃から、こんなのしょっちゅうだったでしょ? ほら、ディータエルさんのところに行こう?」

 そう言ったキスティに手を取られ、村長の家に向かっていく。

 歩きながら、俺はこの後のシナリオの展開を思い出していた。

 ……村長に会ったら、ありがちなおつかいイベントが発生するんだよな。

 腰を痛めた村長のディータエルの依頼で、ウェネルとキスティは村はずれにあるキャズムズ洞窟へ薬草を取りに向かうのだ。

 その目的は、簡単なモンスターとのバトルであったり、フィールドが変わるマップの移動であったりをプレイヤーに体験させるため。

 いわゆる、チュートリアルの位置付けだ。

 やがて村長の家まで辿り着くと、キスティが扉を開ける。

「ディータエルさん、おまたせしました」

「おお、待っておったぞ。お主ら」

 初老の男性が、こちらを迎えてくれる。

 好々爺然とした彼に進められるがまま、俺達は椅子に腰を下ろした。

 すると、すぐにキスティが本題を切り出す。

「それで? ディータエルさん。私とウェネルを呼んだ理由は、一体なんなんですか?」

「おお、それなんじゃがな――」

 そしてシナリオ通り、薬草採取の依頼がなされる。

「それで、悪いんじゃがキャズムズ洞窟まで薬草を取りに行ってきてもらえんかのう?」

 村長にそう言われると、眼の前に『Yes』と『No』を選択するウィンドウが表示された。

 この選択肢も、ゲームの仕様通りの動きだ。

 だから俺は、迷わず『Yes』を押下する、のだが。

「どうしたの? ウェネル。薬草採取、受けないの?」

「いや、受けようとしているんだが」

 何だ? これ。『Yes』がどれだけ連打しても選べない。ま、まさかっ!

『どうやらバグで、選択出来なくなっているようです』

 マジかよ。でも、これどうするんだ? 全く反応しないんだけど。

『ふふっ、お任せ下さい、マスター。リアさんのバグを修正したことで、パラメーターの調整機能が追加されたのです!』

 本当か? それじゃあ、早くパラメーターをいじってYesを選んで――

『それが、申し訳ないのですが、そのまま連打を続けて頂けませんでしょうか?』

 え? どうして?

『実は、Yesを押した際の変数の増加は確認できているのです。ですのでそのままボタンを連打して、無理やり領域を飛び越えさせて(・・・・・・・)頂けませんでしょうか?』

 まさか、意図的にバッファオーバーフロー(・・・・・・・・・・・)を引き起こさせるつもりなのか?

『はい。無理やりデータの上限まで数値を上げ、その変数から飛び出した値を私の力で選択肢のフラグに投入いたします』

 それ、もうハッキングの手法だろうが! まともなデバッグの手法じゃないぞ。

 そもそも、パラメーターの調整機能があるなら選択肢に『デバッグ』が介入すれば――

『……』

 出来ない、のか。

『………………うわぁぁぁ! どうせ私は駄目スキルですよ! ポンコツスキルですよ! 私みたいなスキルで申し訳ありませんでしたねぇ、マスターっ!』

 お、落ち着け、『デバッグ』! わかった、わかったから。

 ちなみに、何回押す必要があるんだ?

『32ビット符号付きのint型ですから――』

 2147483647回で上限だから、それにプラスもう1回、だと?

 Yes、Noの選択だけなのに、何故素直に真か偽しかないブーリアン型で実装してないんだ?

『皆さん、死にそうになりながら開発されていましたから……』

 チクショー! 全部社長のせいかよっ!

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