「それはだな。ちょっと前に、大きな地震があっただろ?」

 ゲーム開始前に地震が起こったのは、事実だ。

 実際は地震ではなく、神樹核が破損したことによって起こった振動なのだが、今はそこまで詳しく説明する必要はないだろう。

「どうやらそのせいで、世界樹にちょっとおかしなことが起こっているんだ。これもきっと、その影響だな。うん、そうに違いない」

「え、そうなの? 世界樹様が原因なのね」

 怪訝な表情を浮かべるものの、やがてキスティは納得したように頷く。

「そっか。世界樹様の様子が変なら、確かにこういうことが起こっても不思議じゃないかも」

 ……ふぅ。こっちの世界が世界樹の依存度がかなり高くて、助かった。

 いや、高いものなんてものではない。

 なにせ『ユグドラシルフロンティア』で今俺がいる世界は本当に文字通り、世界樹によって支えられている(・・・・・・・)のだから。

『世界が、世界樹の枝葉の上に存在しているイメージですよね? でも地面から生えているというわけではなく浮いているので、どちらかというと超巨大な天空の――』

 おっと、『デバッグ』。それ以上は駄目だ。

 まぁそんなわけで、世界樹はなんかめちゃくちゃ凄い存在として、神様みたいに扱われている。

『実際、神として崇めている宗教もありますよね? マスター』

 ああ、ユグドラシル教だろ? 神様みたい、じゃなくて、ガチで信仰しているところな。

 神樹核が破損した理由にも、ある意味ユグドラシル教が関わっている。

 事件を起こした首謀者の名前は、アルベルト・ラインマー。

 彼は元々世界樹を崇める敬虔なユグドラシル教の大司教だったのだが、とある理由から神樹核を破壊するという暴挙に出たのだ。

 ……でも、あいつが出てくるのはゲームの中盤、というより終盤よりだし、今気にしても仕方がないだろう。

『マスター。フラグという言葉を――』

 よせ、やめろ。

『最初の村からラスダンと直結しているのですから、ストーリーの根幹に関わるキャラが序盤に出てきたって――』

 だからやめろと言っているだろう!

 それよりも、今はマンティス村のバグの修正が優先だ。

 どこに何個バグがあるかわからないのだから、本当に虱潰しに村を見て回る必要がある。

『それなんですが、マスター。先程のバグを修正して経験値がたまった結果、検知したバグの正確な数と何となくの位置の把握が出来るようになりました』

 本当か? それは心強い。早くバグを潰して、ストーリーを進めないと。

「キスティ。わかっただろ? こういう危ない場所があるかもしれないから、それを探していたんだよ」

「そうなんだ。でも、どうしてウェネルがそれを知っていたの?」

「えーっと、あ、あれだよ。たまたまそんな話を親父がしていたんだ」

「そっか。ウェネルのお父さん、色んな所を旅してるもんね。それなら納得かな」

『流石です、マスター。女性を騙すスキルがみるみる上昇していますね』

 全く喜べないけどな。

「そういうわけで、キスティ。悪いけど、もう少し付き合ってもらえないか? 村長が待っているのはわかるんだが、村に危険なところがないか見ておきたいんだ」

「もちろんだよ。何でも屋としても、村の安全は守らないとだしね。次は、どこに行くの?」

『こちらです、マスター』

「こっちだ。ついてきてくれ」

 ウィンドウが表示されている方向に向かっていくと――

「あれ? あそこにいるの、リアちゃんじゃない?」

「……マジかよ」

 リアというのはマンティス村で暮らす少女で、いわゆるモブキャラだ。

 特筆すべきところと言えば、子供らしく常にニコニコしながら村の同じ場所をぐるぐると走り回っていることぐらいだった、はずなのだが――

「リアちゃん。今日も元気に走ってるね」

「いや、そんなレベルじゃないだろ」

『どう考えてもマスターやキスティさんより格段に速い(・・)ですね』

『デバッグ』の言葉通りの現象が、今目の前で起こっている。

『スピードバグですね。移動速度の設定値がおかしくなっているのだと思われます』

 修正方法は?

『それが……』

 言いづらそうにした後、ウィンドウにこんな文字が着込まれる。

 

『リアさんに、話かけてください』

 

 ここにきて、超力技の解決方法が来たな!

 ……でも、あれに?

「あはははははははっ!」

『デバッグ』と話している間に、こちらの眼前をおかっぱ頭のリアが笑いながら爆速で何周も走り抜けていく。

『ひとまず、ダメ元(・・・)で呼びかけてみるのはいかがでしょうか?』

「お、おーい、リア」

「あはははははははっ!」

『やっぱり、駄目ですか』

 まぁ、わかっていたことだけどな。

 他のゲームと同じように、『ユグドラシルフロンティア』でも他のキャラに話しかけるにはその相手と接近(・・)する必要がある。

 特にキスティ達のようなメインのキャラクターとは違い、いわゆるモブのNPCはその傾向が顕著だ。

 でも『デバッグ』が言っていた通り、リアは俺よりも速く走っている。

 そんな彼女に、話しかける(接近する)?

 これ、無理ゲーじゃね?

『ですが、バグを放置するわけには』

 だよなぁ。

「え? ウェネル、どうしたの? 腕まくりなんてして。まさか、リアちゃんに追いつくつもりなの?」

「そのまさかだよ」

「どうしてそんなことを?」

 それは俺の方が知りたいよ!

「でも、やるしかないんだよ」

 やらないと、この世界が滅亡するからな。

 それを口にする代わりに、俺は全力でリアに向かって走り始めた。

 しかし、追いつくことができない。

 最初の方は、惜しい勝負だった気がする。

 でもチャレンジを重ねるごとに、どんどんとその差は広がっていく一方だった。

 そして何度目かの挑戦で、盛大にすっ転ぶ。

「あはははははははっ!」

 そんなこちらに振り向くことなく、リアは全力で駆け出していった。

 その様子を、俺は息も絶え絶えになりながら見送る。

 ……くそっ、こいつ、疲れ知らずなのかよ。

『頑張って下さい、マスター!』

 応援は嬉しいけど、流石にこれ以上走るのは無理だ。

 喋るのもままならないほど荒い息を吐く俺に、キスティが駆け寄ってくる。

「ねぇ、ウェネル。リアちゃんに追いつこうとしているのって、ひょっとして世界樹様が関係しているのかな?」

 流石、設定上とはいえ俺の幼馴染。

 でも喋れないので、その代わりに俺はぜーはー言いながら頷いた。

 汗を拭って一息つくと、ようやく口を利けるようになる。

「ああ、そうだ。どうしても、リアに話しかけないといけなんだよ」

「え? 話しかけるだけ(・・)?」

 そう言うとキスティは、可愛らしく小首をかしげて見せる。

「それなら、どうしてウェネルは追いかけっこなんてしているの?」

「え? だって追いつかないと、話かけられな――」

「向こうがやって来るまで、その場で待っていればいい(・・・・・・・・)んじゃないかな?」

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