「え? 行くって、どこへ?」

「もちろん、村長のところだよ」

 そもそも今日のキスティは、ただ幼馴染を起こしに来ただけではない。

 村長のディータエルから、ウェネルを彼の家まで連れてくるよう依頼されているのだ。

 そこから『ユグドラシルフロンティア』のゲームが始まっていくのだが――

「そうだけど、私、ウェネルにその話したっけ?」

「そ、それは、その、ほら! いつもみたいに何でも屋の依頼を受けたのかな? って思って」

「なるほど。でも、ウェネルの言う通りよ。今日は何だか冴えているみたいね」

「そ、そうかな?」

「そうよ。ほら、ディータエルさんのところに行きましょう?」

「その前に、ちょっと準備させてくれよ」

 そう言って、俺は一度自分の部屋に戻る。

 ……流石に初期装備の『ただの剣』は持っていかないとまずいからな。

 身支度をした後キスティに手を引かれ、家を出た、その途端――

 

 ピピピピピピピピッ!

 ピピピピピピピピッ!

 ピピピピピピピピッ!

 

『バグの修正と接触回数で経験値が上がり、バグの検知機能が一部解除されました』

 おいおい、この村は一体どれだけのバグが発生しているんだよ!

『どうやらマスターの部屋がラスダンとつながったバグが修正されていない影響で、マンティス村にもバグが感染していたようです』

 過去形ってことは、キスティがバグった時にはもう感染は広がっていたわけか。

『窓がバグっているので、家の中だけでなく玄関を通して外にまでバグが感染したようですね』

 バグの感染経路が空気みたいで、本当のウィルスみたいだ。

 でもそうなると、ラスダン直結バグを直すまでこの村はバグり続けるぞ。

『そちらについてなんですが、ラスダン直結バグの修正は、この村に広がったバグを全て修正すればいいようですよ、マスター』

 どうすればバグを修正出来るのかわかるようになったのか。

 そういえばさっき、機能が一部解除されたって言っていたっけ。

『その通りです、マスター。私、ポンコツスキルではありませんので!』

 ……根に持ってたんだな。悪かったよ。

 でも、とりあえずバグを見つけて修正していけばいいんだな?

 バグさえ見つければ、『デバッグ』の方で直し方がわかるわけだし。

『はい、面倒ですが、手当たり次第に見つけて頂くしかないかと』

 面倒だが、仕方がない。

 なにせ、この世界の滅亡がかかっているんだからな。

 なら、まずはアレから試してみるか。

「ウェネル? どうしたの? ディータエルさんの家は、そっちじゃないけど」

「悪いな、キスティ。野暮用が出来たから、ちょっと付き合ってくれ」

「う、うん。いいけど」

 不思議そうな顔をしながら、キスティがついてきてくれる。

 しかし歩く度に、彼女の小首の傾きは深くなっていった。

「ねぇ、ウェネル。こんな村の端っこに来て、何をするつもりなの?」

 キスティが口にした通り、俺が辿り着いたのは村を囲っている柵だった。

 ここがいわゆる、安全エリアとモンスターが出てくるフィールドとの境界線。

 この柵を越えると場面が切り替わり、マップ移動できるようになる、のだが――

「ええ! 何してるの? ウェネル。急に柵に体を擦り付けて走り始めて」

「しょうがないだろ。今はこれが必要なことなんだから」

 俺がやっているのは、壁抜けバグの確認作業だ。

 壁抜けバグとは、ゲームの物理演算や当たり判定で問題があった時に起こるバグだ。

 本来移動できない場所にプレイヤーが高速でぶつかったり、変な角度でぶつかった時に移動を止める処理が追いつかずにそのまま壁を通過してしまうという問題が発生する。

『RTA(リアルタイムアタック)では、逆に重宝されるバグですね』

 だからといって、このバグがあるなら残しておくことは出来ない。

『放置していたら、村のキャラクターが壁をすり抜けて村の外にでてしまうかもしれませんしね』

 それで本来生存しているキャラが死亡したら、目も当てられなくなる。

 逆にモンスターが入ってくる穴になるかもしれないしな。

「ね、ねぇ、ウェネル。それって、本当にしないといけないことなの?」

 柵に体をぶつけ続ける幼馴染の奇行に、キスティがドン引きしている。

「ウェネルにとって大切なことなら、後で私も手伝ってあげるから。そ、それより早くディータエルさんのところに行って、用事をすませちゃいましょう? そして、ゆっくり休もう? あなた疲れているのよ、ウェネル」

『完全に病人扱いされてますね、マスター』

 好感度が高いがゆえに、逆に本気で心配されているな。

「キスティ。聞いてくれ。これはこの世界を救うのに、必要なことなんだ」

「柵に体をぶつけ続けることが?」

「そうだ。本来であればこの柵は、俺達の動きを止めてくれるものだ。だが、もしそれが本来の役割を果たしていないとしたら? 壁だけじゃない。そこに地面があるのに、急にその下に落ちることだって普通にあり得るんだぞ?」

「あり得るわけないでしょ! 何言ってるの? ウェネル。地面だよ? 家の二階の床が抜けるんじゃないんだか――」

「キスティ!」

 急に地面に沈んだ(・・・)キスティの腕に、俺は必死に追いすがる。

 だが勢い余って、俺も地面の中にめり込んでしまった。

『壁抜けバグ(横方向)ではなく床抜けバグ(縦方向)です、マスター!』

 ……今身をもって経験しているよ。

 なんとか左手はバグっていない地面に引っ掛けかれたので、完全に地中に埋まってしまうことは避けられた。

 だがホッと一息つけるのは、この現象を俺がバグだと知っているおかげだろう。

 何が問題なのか知っているから、少しは落ち着いていられる。

 その一方何も知らないキスティは、こちらの右手にぶら下がりながら泣きそうな顔で悲鳴を上げている。

「ちょっと、何なの? これ! 地面が急になくなるし、地面の中に入っても普通に息できるし、中は中でスカスカになってて空洞みたいになってるしっ!」

『某オープンワールドの3Dブロックで構成されたゲームの地下バイオームみたいですね』

 本当に、何でこんな面倒な仕様にしたんだよ、あの社長はっ!

「落ち着け、キスティ。今引き上げてやるから!」

 なんとか地面から抜け出して、二人して荒い息を吐く。

 ちゃんと地面が存在していることに、今以上に感謝したことはない。

『床抜けバグの修正を確認しました。被害者が出る前にこのバグを発見することが修正条件だったようですね』

 だとすると、危なかったな。

 もし最初に落ちたのがキスティではなく俺だったら、その時点で間違いなく詰んでいただろう。

 キスティがいてくれて、本当に助かった。

「な、なんだったの? 今の」

 額の汗を拭うのも忘れて、彼女は自分が落ちた地面をペチペチ叩いている。

 もうバグは修正したので通常の地面に戻っているのだが、それが逆にキスティを混乱させているようだった。

「ねぇ、今私達、地面に落ちたわよね? 穴も掘られてないのに、落ちたわよね!」

「あ、ああ、そうだな」

「どうしてよ!」

 その通り過ぎる疑問なんだけど、なんて答えるかなぁ。

 ゲームのキャラにバグの説明をしたところで、理解してもらうのはかなり難しいだろう。

『ですがキスティさんに適当な言い訳をしたら、またキャラ崩壊を引き起こす可能性がありますよ? マスター』

 それが一番の問題なんだよ。

 でもキスティに不信感を持たれたままだと、そこからまたバグに感染するかもしれない。

 どうする? と思ったところで、俺は妙案を思いついた。

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