「ど~こ~だ~!」

『デバッグ』に答える時間すら惜しみ、キスティの言葉に焦らせられながら、俺はタンスを開け、樽の中を確認し、壺を割っていく。

 そしてついにお目当てのアイテムを見つけることが出来た。

『そ、そのアイテムは!』

 ……ああ。『頑丈な縄』だ。

 といっても、このアイテムの効果は頑丈なだけで、燃やせば普通に燃えるし剣で斬れば普通に斬れる。

 いわゆる、ちょっと頑丈なだけの普通の縄で、前世ではデバッグをしながらこんなアイテムをわざわざ探すプレイヤーがいるのか? と思ったのは一度や二度では済まない。

 そんな無駄アイテムをまさか自分が必死になって探すことになるとはね。

『そ、それがわかっているのに、どうしてマスターはそんなアイテムを必死に探して――』

「見つけたわ!」

『デバッグ』の文字を読み終える前に、キスティがこちらに襲いかかってくる。

 髪を振り回し、逆手に包丁を構えて向かってくる彼女の姿に恐怖しか感じない。

 でも、この『頑丈な縄』があれば――

「ウェネル、一緒に死んで!」

 もう出るゲームのジャンル間違ってるでしょ、このキャラ!

 名前を呼ばれるが、そこで立ち止まるわけがない。

『頑丈な縄』を見つけ出すために何度も何度も行き来した家の中を、俺は駆け出していく。

 縄を家具に結びながらキスティの斬撃をかわす俺の視界の端で、ウィンドウにメッセージが書き込まれた。

『逃げ回るだけでは、ジリ貧ですよ? マスター』

 おいおい、俺の前世の仕事を忘れたのか?

 家の家具の位置からキャラクターの動きまで、一体何度デバッグしてきたと思っている?

 俺(ウェネル)がレベル1なのであれば、一緒に冒険に出かけるキスティもレベル1。

『縁切り包丁』で攻撃力は上がってはいるものの、動きはレベル1でデバッグしてきた動きのままだ。

『まさか二階から一階まで逃げ回っていたのは、キスティさんの戦闘モーションを確認するためだったのですか?』

 さらに言えば、マンティス村の何でも屋を営んでいたウェネルの職業は、ソルジャーだ。

 モンスターを捕まえる罠を縄で作るぐらい、お手のもんだろう?

『ですがレベル1なら、まだ罠スキルのレベルは――』

 だから、何度もデバッグしてきたって言っただろ?

 嫌でも覚えてんだよ。

 画面越しに何千回も見てきた、ウェネルが罠を作る動きをな!

「これで、どうだ!」

「きゃっ!」

 勢いよく引っ張った縄の輪に、包丁を握るキスティの右腕がくくられる。

 逃げ回りながら張り巡らせた『頑丈な縄』で作った罠が、見事に決まったのだ。

 吊らされるように宙ぶらりんとなった彼女の手から、『縁切り包丁』がこぼれ落ちる。

 ……やれやれ。これでなんとかなったな。

『無茶苦茶過ぎますよ、マスター』

 無茶の固まりみたいなやつが何言ってるんだよ。

「ちょ、ウェネル! これ、どうにかしてよっ!」

 天井から吊られるようになったキスティが、ジタバタしながら必死になってスカートを押さえている。

 この状況であっても、心配するのは自分の身の安全ではなく下着の方らしい。

『……マスター』

 いや、わざとじゃないから!

 包丁を取り上げてキスティが傷つかないようにするには、これが最適だっただけだから!

『……』

 文字だけなのに何故かジト目で見られている気がする『デバッグ』から逃げるように背を向けて、落ちた『縁切り包丁』を取りに行く。

「ちょっと、ウェネル! 早く下ろしてよ!」

「下ろしたら、どうするんだ?」

「ウェネルを殺して私も死ぬ!」

「そのセリフでどうして下ろしてもらえると思えるんだよ!」

 そう言うと、キスティは手を目一杯伸ばしてスカートの裾を押さえながら、下唇を噛む。

「だ、だって、そうすればウェネルはずっと私と一緒にいてくれるじゃない」

「そんなことしなくたって、俺はずっとキスティと一緒にいるよ」

「う、嘘よ! 今だって他の女と一緒にいるじゃないっ!」

『ちなみにスキルは何があっても発現したキャラ(マスター)から取り除くことは出来ません』

 何でこのタイミングで、そんなめちゃくちゃ重い女みたいなこと言い始めるわけ?

 とはいえ、今はキスティの説得が先だ。

 俺はゆっくりと、キスティの方へ近づいていく。

「大丈夫だよ、キスティ。俺はお前の傍から離れたりしない」

「そ、それをどう信じたらいいのかわからないから、こうしてるんじゃない!」

「それじゃあ、これから行動でお前を信じさせてみせるよ」

 そう言って俺は、彼女に向かって手を伸ばす。

「だから、今は俺の言葉を信じてくれないか?」

『確かにゲームの設定上、ウェネルとキスティはほとんど一緒に行動をともにしますね』

 それだけじゃないよ。言っただろ? 何度もデバッグしてきた、って。

 あれだけ長い時間ずっと見守ってきたのに、今更見捨てられるかよ。

 ……たとえそれを、相手が覚えていなくてもな。

「だから、ほら。一緒に行こうぜ?」

「う、うん!」

 その言葉にあわせて、俺は包丁で縄を切る。

 真上から降ってきたキスティを抱きとめると、『デバッグ』にメッセージが表示された。

『キスティのバグが修正されたことを確認いたしました』

 それを確認するのと同時に、手に持っていた『縁切り包丁』も塵になって消えていく。

 あぁ、このアイテムがこのまま使えたら、楽にこのゲームの攻略が出来たのに。もったいない。

「うぇ、ウェネル?」

 見れば腕の中のキスティが、顔を真っ赤にしながら潤んだ瞳でこちらを見上げている。

「や、約束だからね? 私から離れちゃ、駄目だよ?」

「ああ、もちろんだ」

 ……ん?

『どうしたんですか? マスター』

 キスティのバグって、直ったんだよな?

『もちろんです』

 だったら、何でキャラ崩壊してヤンデレ化した時の記憶を引きずってるんだ?

 こういうのって、バグが直ったらシナリオの整合性を保つために記憶とかなくなるもんなんじゃないの?

『それは…………どうしてでしょう?』

 お前もわからないのかよ!

『すみません、マスター。私、まだ生まれたばかりのスキルなので、よくわからないことが多くって』

 このポンコツスキルめ!

 でもこれ、本当にどうしよう?

『キスティさんの好感度が、ゲーム終盤ぐらいまでバグ上がりしてますね』

 シナリオと違う展開なんだけど、本当に大丈夫なのか?

「ウェネル? また私以外の女と話をしているの?」

「な、何言ってるんだよ、キスティ! ここにいるのは、俺達だけだろ? ほら!」

「あれ? 確かに、そうね」

 どうしてかしら? と言いながらキョロキョロと不思議そうに辺りを見回すキスティに、冷や汗が止まらなくなる。

 キスティにバグっていた時の記憶が残っていたり、彼女が『デバッグ』の気配を感じられることがこれから先、ゲームのストーリーにどういう変化を起こすのか全く想像できない。

 でも今は、とにかくここはシナリオを進めるしかなかった。

 ……世界樹が枯れたら、この世界も滅んでしまうからな。

「それじゃあ、行こうか、キスティ」

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