③
「……どうして?」
「え?」
「どうして、すぐに受け入れてくれなかったの?」
「は? 何を言って、うおっ!」
どこから取り出したのか、包丁を繰り出してきたキスティの一撃をギリギリのところでかわす。
俺の代わりに凶刃に貫かれた枕の羽毛が、鮮血の代わりに宙に向かって吹き出していた。
「知ってたんでしょ? 私の気持ち」
そう言いながらキスティは、さっきの表情とは打って変わり、感情が全く宿っていない瞳でこちらへ視線と手にした包丁の切っ先を向ける。
突然の彼女の行動に、俺はただ混乱することしか出来ない。
「いや、私の気持ちって、何のことだよ」
「私がウェネルのこと、好きだってことよ」
そういう設定だということは、もちろん知っていた。
でもそういうことは、わざわざ本人に伝える必要もないことだろう。
それより、キスティの気持ちを知っていたら、何で包丁を向けられないといけないんだ?
「私が好きだって知っていたのに、気付かないフリしてたんだ。私の気持ちを知っていながら、弄んでいたんでしょ? さっきからかったみたいに」
ベッドからすり足で遠ざかりながら、とんでもない冤罪に困惑することしか出来ない。
そんなこちらに、再びウィンドウにメッセージが表示される。
『ヤンデレ化ですね』
ヤンデレ化?
『この部屋とラストダンジョンがつながったバグに感染して、キスティさんの人格設定をバグらせ、キャラ崩壊を引き起こさせたようです』
嘘だろ? バグが増えるって、ウィルスみたいに増えていくのか――
ずどんっ。
ウィンドウを貫くように、キスティが握っていた包丁が飛んできた。
それは俺の頬をギリギリのところをかすめて、壁に突き立っている。
「ほら、今も私がいるのに他の女と話してるっ!」
えぇ! スキルに性別とかあるの? っていうか、なんでキスティは俺のスキルに反応出来るんだ?
『バグに感染した影響で、私の気配を僅かに感じられるようですね、マスター』
何でそんなに他人事みたいに言えるんだよ。
「ほら、やっぱり泥棒猫の気配がするっ!」
気配ってなんだよ、気配って!
ちなみにお前って、設定とかで色々変えられるものなのか?
『もちろんです。マスターのご希望通り、性別設定をブランクから女性(・・)に変更いたしました』
してないしてない! そんな要望出してないから!
「メス臭さが強くなった。どこにいるんだっ!」
鬼の形相で向かってきたキスティから逃れるために、俺は部屋を勢いよく飛び出す。
この家は二階建てなので窓の外からも逃げられなくはないが、今はラスダンにつながっているので逆に自殺行為だ。
キスティから逃げるように走るこちらに合わせるように、ウィンドウもついてきた。
他に呼びようがないので、もうこのウィンドウのことは『デバッグ』と呼ぶことにする。
お願いだから余計なことしないでくれよ『デバッグ』! 頼むからっ!
すると反省しているのか、ウィンドウが謝るように折れ曲がり、そこに謝罪の文が並ぶ。
『すみません、マスター。私、まだ生まれたばかりのスキルなので、上手くマスターの意図が読み取れなかったみたいです』
そういえば、スキルの説明にも成長するって書いてあったな。
なら次回以降はスキルの成長に期待するとしよう。
ちなみにさっきはどういう理由で性別設定を変更したんだ?
『はい。俗に言う、かの有名な押すなよ押すなよのフリかと思いまして』
そんな訳あるかっ!
そんな笑いのネタを初期から学習するよりも、もっと異世界あるある的な要素を学習しておいてもらいたかった。
『ですが私としても、キスティさんがあのような反応をするとは想定していませんでした』
それは俺もだよ。
スキルに嫉妬するメインヒロインとか、前代未聞だぞ。
『ですがマスター。あの状態のキスティさんを放置するのは推奨できません』
それは俺も同意見だった。
バグが感染していくというのなら、キスティが家の外に出たら他にもバグが感染することになる。
このままバグが『ユグドラシルフロンティア』の世界に広がっていくと、この世界そのものがめちゃくちゃになってしまうだろう。
そうなったら、世界樹が枯れてこの世界は滅亡だ。
もちろん、俺も死ぬことになる。
……いずれにせよ、キスティがバグったままだと確実にこの世界は滅びるしな。
彼女はその設定上、神樹核の修復に必要不可欠のキャラなのだが――
「どこに行ったの、ウェネル! 出てきなさい!」
聞こえてきた叫び声に、思わず近くの部屋に飛び込んで扉を閉め、施錠する。
『キスティさん、激おこぷんぷん丸になってますね』
ネットスラングの前に、この状況を打開する方法を学習してもらいたい。
『どうしましょう、マスター』
どうしましょうって、また他人事みたいに。
とはいえ俺の取れる選択肢は、キスティのバグを修正する、の一択だ。
キスティが部屋に入ってこれないように背中で扉を押さえながら、頭の中に『デバッグ』の説明文を思い出す。
そういえば、『スキル保有者の振る舞いなど定められた手順を踏むことによって、バグを修正することが可能となる』ってあったよな?
『デバッグ』、キスティのバグを修正するには、どうすればいい?
『すみません、マスター。経験値不足なのか、バグの対象をスキル保有者が肉眼(・・)で認識していないと修正方法がわからないようです』
嘘だろ? 肉眼って、あの状態のキスティと対面しろって――
ずどんっ。
扉を突き破った包丁が、俺の顔の真横から飛び出す。
慌てて飛び退る間にその凶刃は扉に何度も打ち付けられ、やがてキスティの顔がはっきり見えるぐらいの穴が開く。
そして彼女は閉鎖された冬のホテルを舞台にしたホラー映画よろしく、自分で空けた穴から顔を突き出した。
「お客様よ、ウェネル!」
いや、怖すぎるだろこのメインヒロイン!
『わかりました、マスター! キスティさんのバグを修正するには、キスティさんをマスターが倒せば良いんです!』
マジかよ。最悪な条件が来たぞ。
『すみません、マスター。私がポンコツスキルなばかりに修正方法の確認に手間取ってしまって』
いや、今は反省している場合じゃないから!
『……ポンコツの部分は、否定してくださらないのですね』
このタイミングで面倒くさい性格に成長するのやめて!
……でも、実際どうすればいいんだ? この状況。
今気づいたけど、キスティが手にしている包丁はゲームの中盤以降のサブシナリオで手に入る『縁切り包丁』だ。
『惚れ症の女性が色んな男に振られ過ぎて嫉妬に狂った怨念が込められた、曰く付きのアイテムですね。この包丁で斬られたカップルは、必ず縁が切れるという呪いがかけられています』
斬った相手は死んで、物理的に別れさせられる極悪アイテムなんだよな。
『つまりあれに斬られると、マスターは死にますね』
転生直後からラスダンに直結してたりレベル1の状態で即死アイテム持ちとの戦闘とか、このゲーム難易度バグってるだろ!
『バグですので』
そうだった!
「また私の眼の前で他の女とイチャイチャして!」
キスティが部屋に入ってこようと、穴から手を伸ばして鍵を開けようとする。
彼女が解錠した瞬間、俺は扉を開けて彼女を突き飛ばした。
キスティの短い悲鳴を置き去りにするように部屋の外に出て、すぐに階段を駆け下りていく。
『戦わないのですか? マスター』
そうしたいのは山々なんだが、たとえ一時的にこちらが優勢になってもあの包丁で刺されたら俺は死ぬ。
余程レベル差があれば抵抗されずにどうにか出来るんだろうが、レベル1の状況でキスティと戦うのは分が悪すぎるだろう。
『ですが村の中にはモンスターは入ってこれないので、レベルを上げることは出来ませんよ?』
その通りだった。
だから俺が取れる手段は、一つだけだ。
『その手段とは?』
『デバッグ』に答える暇もなく転がり落ちるように一階に辿り着いた俺は、パッと目についた壺を手に取る。
そして、それをすぐに床に叩きつけた。
甲高い音を立てて、壺がバラバラになる。
『何をやっているのですか、マスター! そんなことをしたら、キスティさんに居場所を教えているようなものですよ?』
だから、そのキスティに勝つためのアイテムを探してるんだよ(・・・・・・・・・・・・)!
RPGで家探しをするのは、ある意味定番化している。
当然主人公の家にもアイテムは存在している、のだが――
……プレイヤーが何周しても楽しめるようにって、ここだけ社長がアイテムの出現場所をランダムに設定させたんだよな。
そのため、デバッグにかなり時間を費やされた。
アイテムが本当にあるのかないのかを確認するのに、家中探す必要があったからだ。
……でもあのアイテム(・・・・・・)は、必ず一階に出現するって設定されている。
『まさか、マスターが探しているアイテムとは――』
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