第一章
①
株式会社フラットディメンションが開発している『ユグドラシルフロンティア』のストーリーは、元は非常にシンプルなシナリオだった。
この世界を支えている世界樹の心臓とも言うべき神樹核が破損して六つに分かれてしまったことで、この世界は滅亡の危機に瀕することになる。
その分かれた神樹核を追い求め、世界樹が枯れてしまう前にそれを修復する旅を続けるのが、このゲームの大まかな全体のストーリー、だった。
それが社長によっていじくり回され、ハチャメチャな設定を追加されたことは既に述べた通りだ。
社長の思いつきで設定が追加されていくと、やがてそれらは整合性の取れていない世界観とストーリーを闇鍋のように複雑怪奇なものに膨れ上がってしまった。
メインストーリーですらその有り様なのに膨大なサブシナリオまで差し込まれた結果、まさにゲーム業界の寿限無とも言うべきものが出来上がってしまったのだ。
だからその分当たり前のように、バグも大量に生まれてしまったわけなのだが――
「だからって、いきなりラスダンに直結しなくてもいいだろ!」
ベッドの上から、思わず叫ぶ。
今俺の眼前に起こっているバグは、マップ移動バグというやつだろう。
書いて字の通り、移動するマップがおかしくなってしまうバグで、動線がめちゃくちゃになってしまっているのが原因だ。
本来であれば、ウェネルの部屋からは家の外から見えるマンティス村につながっていなければならない。
でもそれがどういうわけか、バグでゲームのラストダンジョンにつながってしまったのだ。
これが現実世界でデバッグしている立場であれば、舌打ち混じりにソースコードを修正していたのだが、今の俺はゲーム内の住人だ。
ディスプレイの向こう側から見ていた時とは違って攻撃を受けたらダメージだってあるし、それが積み重なればもちろん待ち受ける結末は死しかない。
そう思っているこちらに向かい、モンスターが迫ってくる。
ラストダンジョンの中でも強敵と設定されている、エターナルエンシェントドラゴンだ。
画面越しではなく肉眼? で見るそれの迫力は、尋常ならざるものがある。
たとえ主人公に転生したとしても、ゲーム初期であんな強力なモンスターに勝てるわけがない。
状況から考えて、今の俺はゲーム開始時の状況だと考えていいだろう。
つまり俺のレベルは、1(・)だ。
ラスダンのモンスター相手に勝てる道理が、世界中を探しても見当たらない。
……ヤバいヤバいヤバいヤバい!
焦りながら、俺は急いで窓の方(・・・)へ身を乗り出した。
窓から離れるのではなく、逆にエターナルエンシェントドラゴンの方に向かったのは、二つ理由がある。
一つ目の理由は、逃げても無駄だからだ。
今から逃げようとしたところで、すぐに追いつかれてしまう。
死ぬとわかっているのにそれは出来ない。
そして二つ目の理由は、賭けになるが、それが唯一俺が助かるかも知れない方法だからだ。
そう考えている間に、既にエターナルエンシェントドラゴンはこちらに肉薄している。
モンスターの開かれた顎(あぎと)から、ナイフよりも鋭利な牙とのたうつ舌先までハッキリと見えた。
……頼む、間に合ってくれっ!
祈るようにしながら、俺は窓を閉める。
その直後、エターナルエンシェントドラゴンが窓にぶち当たった。
その瞬間、モンスターが吹き飛ばされる(・・・・・・・)。
進行を妨げられたエターナルエンシェントドラゴンは、驚いたように辺りを見回した。
だが特に不審な点を見つけられなかったからか、再びこちらに向かって突撃を開始する。
しかし何度突撃してもモンスターは始まりの村にあるウェネルの家の窓を突き破ることが出来ない。
窓ガラスは傷一つ付くことなく、家の中も、そして俺も完全に無傷だ。
……あ、危なかったぁ。
その様子を見ながら、窓に鍵をかける。
冷や汗を拭いながら、俺はゲームの別の設定がバグらずに生きていることに感謝していた。
……RPGは普通、居住区の中までモンスターは入ってこられない設定(・・・・・・・・・・)になっているからな。
町の外ではモンスターとエンカウントして戦闘になるが、町の中でエンカウントすることはない。
シナリオ的に町中での戦闘があるケースもあるが、多くの場合居住区の村や町の中までモンスターは入ってこないものだ。
その例に漏れず、『ユグドラシルフロンティア』もその設定を踏襲している。
俺はこのゲームのデバッガーとして、全てのシナリオや設定が頭の中に入っていた。
システム上の設定やストーリーの流れを知らなければ、何が間違っていて何が正しいのか判断出来なくなってしまう。
そのため、窓を閉めたらエターナルエンシェントドラゴンがこちら側(村)に入ってこられないとわかっていたのだが――
……その設定がバグっていなくて、本当によかった。
転生先の『ユグドラシルフロンティア』は、想定している仕様通りに動かないバグの宝庫だ。
この設定も普通にバグっている可能性もあったので一か八かの賭けだったのだが、設定が生きていたことを感謝してもしきれない。
窓を見れば騒ぐエターナルエンシェントドラゴンに釣られるようにして、他のモンスター達もわらわらと集まってきている。
今の俺なら触れられただけで簡単に消し飛ばされてしまうレベルの強敵ばかりだが、襲ってこないとわかっているのであれば、それはデバッグ中に見ていた光景と変わらない。
ひとまずこれで窓のマップ移動バグは気にしなくていいと胸をなでおろし、カーテンを閉めた直後、部屋の扉が勢いよく開けられた。
「ウェネル? まだ寝てるの?」
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