第3話 人は発情をすると知能が下がるらしい。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 他愛たわいない会話を続け、映画を観ているとあっという間に夕方になっていた。



「アンタら、まだ映画観てたの? 朝から観てたけど、飽きないもんねぇ……」



 仕事から帰ってきた母がリビングに入ってきた。買い物を床に置いた後、スーツの上着を脱いで椅子に掛けた。



「お帰り、母さん」


「おかえり……」



 俺とミウは映画を観るの止めて、テーブルの席に移動する。



「そういえば病院には行ったの? 精神科。ちゃんと鬱病の薬貰った?」



 買い物袋から食品を冷蔵庫に詰め込み、母は何気なく質問する。



「……いや、行ってないし、行くつもりはないよ」



「またそんな事言ってぇ……。念の為、行きなさいって言ってんでしょ、全く……」



 気まずくて目を逸らす俺は頬を掻き、母は呆れた様子で溜息を吐く。



 それに「いやいや、母さん心配し過ぎだって」と俺は軽く言う。しかし「お父さんもそんな事を言って死んじゃったのよ……? あまりお母さんに心配させないでよ、全く」と納得いかない様子だった。




 まぁ鬱病に関して言えば、父親の件だけじゃない。現代の日本は特に鬱病の人が多く、死人も珍しくないからこそ、母さんも心配しているんだと思う。




 だけどさ、もうナイトメアは夢の中で倒したんだ。もう鬱病は完治したんだから、病院に行く必要はない。




 俺だって母さんに迷惑を掛けたくないけど……。一生母に気を遣って、いつまでも病院通いする訳にもいかないだろ……。




「俺よりミウが心配だよ」



 昨日、夢で見た鉄扉てっぴを俺は思い出した。



 あの扉の奥にはきっと――。



「ミウ……?」



 首を傾げる母はミウの方を見た。



「わ、私は別に……」



 首を振るミウだが、かなり動揺している。



「母さんに心配かけたくなくて無理してないか?」



「…………ッ」



 俺は少し踏み込んで指摘すると、ミウは図星を突かれた様に目を逸らす。



 夢の中で何となく感じた、嫌な気配。



 アレは多分、ミウの中に潜むナイトメアの気配だ。体調を崩す程に病んでいる訳ではないだろうけど、放置しておくと数年後には重症化する可能性が高い。



 早めに治療に取り掛かった方が良いとは思うけど……――。



「何か嫌な事でもあったの?」



 心配する母。でもミウは「……だ、大丈夫だから。ホントに」と笑って誤魔化す。少しその表情が、俺には父親の姿が重なって見えた。




 母も同じ様に見えたのか、「……無理する事はないからね? 分かってる?」と優しく言葉を投げかけた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 父さんが死んでから、母さんは変わってしまった……。



 昔は典型的な教育ママだったのに、今は口煩く何かを言う事を恐れてる。自分の厳しい性格が父さんにストレスを与えてしまったと後悔しているから。




 兄さんが鬱病の診断を受けた時、母さんは過度かどに心配していた。また心を病んで命を絶つんじゃないかと、本気で心配していた。




 だから、私は――兄さんが嫌いだった。



 女手一つで、二人も子供を育ててくれているのに、迷惑を掛けている。昔は成績優秀でバスケでも圧倒的な実力を持っていたのに、今は見る影もない。




 自分が心を病めば、母さんが苦しむって自覚もない。



 そんな兄が嫌いだった。だから私は必死に努力した、兄の分まで。



 友人ともあまり遊ぶ事なく、ただ真面目に淡々と勉強した。学校で品行方正な態度で、教師からの評判だって良い。




 親の手が掛からない様に、努力した。



 その結果、母さんは余計に兄さんに構う様になった。



 出来の悪い子ほど可愛いというのか。私は手間が掛からない子として、あまり興味すら持たれない。




 母さんが父さんの事を今でも引きずって、鬱病の診断を重く受け止めている事は理解しているけど……。それでも、努力した自分がないがしろにされるのは違うんじゃないかと思ってしまう。




 ただの八つ当たりなのは分かってる。でも余計に、兄さんを嫌いになっていた。



 それなのに――――。



「…………」



 テーブルの席に三人が着いて食事中。



 ミウは自分でも不思議なくらいミウは発情していた。いつも美味しく食べている、好物のハンバーグも気にならなくなるくらい、兄の姿に見惚れてしまう。




 鍛えられた体。黒髪のイケメン。カイは性格はともかく、面だけは良いので、ただ食事しているだけでも絵になった。




 今までも格好いいと思う事は多かったが、今日は何だかおかしい。欲求不満なのか、やたらと実の兄に魅力を感じてしまう。




 駄目だ……。兄さんの事、凄く嫌いなはずなのに……。気になって仕方ない。




 恋愛感情というか、ただヤりたい……、無性むしょうに。こんな気持ちになったの、初めてで、どうしていいのか……、分かんない……。





「……恋愛って、難しいよね」



 食事の手を止め、ボソリとミウは呟く。気づいたら口をいて出ていた言葉。口元を押さえて彼女は「…………」少し俯き赤面する。




「何だ……。悩みって恋愛の話だったの……? …………。あ……、もしかして……、アンタ、妊娠でもした? 怒らないから教えなさい? 産みたいなら好きにしていいけど、嫌なら早く中絶しないといけないんだし」




 別に大した話だと思ってないのか、サチは普段の会話程度の口調だった。どうにもこの手の話になると、彼女は寛容らしい。




 自分が若い時期に結婚した手前、学生が妊娠する事に忌避感きひかんがないのだろう。寧ろ孫を早く見たいとすら思っている節がある。




「~~~~っ。ち、違うから……! そんな深刻な話じゃない……! そもそも彼氏とかいないし!」



 ミウはカイの方を見て、慌てて言い訳する。



「いるって言ってなかったか?」



 カイは呆れた表情で口を挟んだ。



「ち、違う……。見栄を張っていただけで、ホントはいないから……。まだ変な事、した事ないし……、誤解しないで……」



 そういえば、そんな嘘を吐いてたんだった。兄さんに非処女だと思われたら、何か、嫌だな……。見栄って正直に認めたら、信じて、くれるよね?




 すがる様にミウはカイを見つめた。その様子を見て彼は、「…………」少し疑問に思う。




 まだ変な事をしてない? もしかして夢の出来事を覚えていないのか?



 少なくともアレが現実ではないと察しているのか……?



 俺が深読み過ぎていた? いや、だとしたら何で今日は俺と距離近かったんだろ。



 やっぱり――ミウ以外でも実験しないと駄目か……。



「好きな人でも、できたの……?」



 揶揄からかう様に笑うサチ。



 それにミウは気まずそうな顔をして「う、うん……。まぁ、そんな感じ。結構、手強い相手というか、相手にされて無さそうというか……。それ以前というか……。私じゃあ、どうしようもなくて……」と、目を伏せて肩を落とす。




 悲し気な表情にサチの手が止まり、「アンタ、顔が良いんだからどうにでもなるって」と少し困った様な、呆れた様な表情を浮かべた。




 実際、顔が良いんだからどうにでもなるというのは、彼女の本音だ。家族の贔屓目ひいきめなしにミウは顔が抜群に整っている。それが全く相手にされないなんて、想像する方が難しい。




 とはいえ、ミウが意識している相手は実の兄。顔が良ければどうにかなるとか、そういう話でもない。




「ヤれたら満足なだけのクソ野郎もいるし、相手は選びなさいよ。体目当てなんて人として最低だし、そんな奴の根性は一生治らないんだから」



「「…………」」



 サチの言葉に、カイとミウは気まずそうに目を逸らした。



 ごめん……、母さん。私、クソ野郎側かも……。多分この気持ち、恋愛感情というより性欲だし……。凄くヤりたくてたまらないし……。




 ミウは「う、うん……。そりゃあそうだよ……。というか、そんな婚前交渉こんぜんこうしょうなんてする訳ないんだし……」と母の意見に同調しつつ、食事を再開して動揺を誤魔化していた。




「それ言ってた知り合い、全員行き遅れになったのよね……。別にビッチになれとまでは言わないけど、良い男だって思ったんなら、即押し倒しちゃいなさい。じゃないと良い男を他の人に取られちゃうでしょうが」




 孫の顔が見れないと困るのか、少し強引な意見を述べるサチ。実際同僚で処女を拗らせた人は何人かいるが、全員が男と縁がなかったので、嘘は言ってない。




「無理やりは駄目だろ、母さん。俺みたいに女好きだったら、無理やりされても嬉しいだろうけど、真面目な男だって存在する訳だし……。引かれちゃうだろ……」



「…………。意外とお堅い事を言うのね、アンタ……。もしかして、大切な妹を誰かに取られるのが嫌なの?」




 カイは呆れた様子で指摘するが、サチが揶揄う様な態度で話を逸らす。最近は息子が元気になって嬉しいのか、いつも揶揄う様な事を言って楽しんでいる。




 勿論、本気でシスコンを疑っている訳ではない。



「ミウを俺は大切な家族だとは思ってる。でも、別に妹の恋愛に反対したりしないって……。ただ、押し倒した結果、相手に引かれるかもだろ? 普通に口説けばいい。俺の妹なだけあって面は良いんだ。本気で口説けば落とせない奴もいないはずだ、多分……」




 こんな妹思いな兄貴面しておいて、夢の中で実妹を犯したのがカイである。




 だが、そんな事をミウはを知るよしもなく、ただただ「…………」顔を赤く染めて、静かに俯いていた。




 バクバクと心臓が高鳴る。性欲が高まると知能指数は二十低下するとは有名な話だが、実際の所は定かではない。




 しかし少なくともミウは冷静ではなく、あまり頭が回っていない様子だ。



 今、カイは確かに口にしたのだ――『俺みたいに女好きだったら、無理やりされても嬉しいだろうけど』と。



 それに、『俺は大切な家族だと思ってる』とも。




 いつもの冷静さをいた、今のミウが出した結論は――。



――――――――


〈あとがき〉


【★★★】してくれた人!


 感謝です!!


 モチベ上がります!!





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【夢の中】で女を犯しまくっていたら、【現実】に影響でちゃった……。 BIBI @bibi777

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