第2話 知恵比べといこうじゃないか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝、カーテンの隙間から光が漏れている。でもそれが理由で目覚めた訳じゃない。何だか口の中に違和感があった。何かが当たっている様な、それに腰の辺りが重たい。
「…………ッ」
顔を
「…………ッ」
顔を真っ赤に染めて絶句する、寝間着姿のミウが目の前にあった。
あれ? 何でミウがこんな所に……。まだ夢の中か? いや違うか……。出入り口のドアが
「何で、こんな所に……、ミウが? 朝起こしに来てくれたのか?」
そういえば目覚まし時計を使うの忘れてた……。
「……もしかして、何か悪戯してた?」
顔を触りながら尋ねる。
何か触られてた様な、いや……、寝惚けていただけか……? よく分からない。夢と少し現実がごっちゃになっているのか……?
「……別に悪戯はして、ない。驚かせようとしてたけど、何か、すぐ起きちゃったから」
まだ顔を赤く染め、ミウは顔を俯かせて言い訳する。どうやら俺は悪戯される間際で、ギリギリ起床に成功したらしい。
「……珍しいな。最近お前、俺に冷たかったのに、こんなくっついてくるなんて」
まだウトウトしながら、というか目を閉じて喋る。
「怒ってる?」
「んな訳ねぇよ。嬉しいよ、普通に。冷たくされるよりは良いに決まってる」
声を震わせ小さく尋ねるミウに、少し俺は笑ってしまった。
「…………そっか」
安心した様な声だった。ミウの手が俺の腕に触れる。目を開けると、彼女は少し困った様な表情で笑ってた。でも、何だかその瞳の奥で獲物を狙う様なギラギラしたものを感じた。
そういえば……、あれ? 昨日、夢で俺はミウをレイプしたはず……。何でこんな普通に話し掛けて……。
今思えば、朝いきなり包丁で刺されてもおかしくなかったよな……。もしかして許してくれた……? もしくは昨日の出来事が夢だと、起きた時に理解した、とか?
どっちにしても、この穏やかな感じで話し掛けて来るのはおかしくないか?
…………。夢の内容を覚えてないにしても、違和感がある……。今まで冷たかったミウがこんなに事をしてくるなんて、何か理由があるはずだ。
「…………? 兄さん、どうかした?」
きょとんと首を傾げるミウ。
「いや……、何でもない……」
考えても仕方がない。今はとりあえず、普通に過ごそう。
何も覚えていない事はないだろう。何か覚えているからこそ、いつもと態度が違うんだから。だとしたら、何処まで覚えているのか。
少し気になるな……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
起きてから何だか私はおかしい。
何となく気分良く起きて、母さんから兄さんを起こしてきて欲しいと頼まれた時、凄く嫌な気分だった。
さっさと部屋に入って、声を掛けて起こそう。
そう思っていたのに……。久しぶりに兄さんの寝顔を見て、何だか気分がおかしくなってしまった。
そりゃあ私の兄なんだし? イケメンなのは当然だけど……。それでも私達は兄妹なんだから、変な気持ちは起きない。
起きない――はず……、何だけど……。
「はぁ……」
変な気を起こして、しまったんだよなぁ……。
ミウは私室で机に突っ伏し、溜息を漏らした。思い出すのは朝の出来事。寝ている兄――カイにキスしてしまった事だ。
「…………」
魔が差した。ちょっとならバレないだろうって、軽くキスしてしまった。案外起きないもんだから、舌を突っ込んで軽く口内を舐めてしまった。
完全に調子に乗ってしまった。
兄さんが起きてしまった時、心臓が潰れそうなほど動揺したなぁ。一気に素に戻って、何をやってんだって後悔で頭が一杯になって……。
上手く誤魔化せたのは良いけど……。
いや、上手く誤魔化せたのかな……? 兄さん、気づいた上で知らない振り、してないよね?
……ちょっと見張って確かめるべき、だよね?
いや、仮に気づいていたとして、もう取り返しは付かないのは頭で理解してる。何も気づいていないとしたら、それはそれで余計な詮索をしない方が良い事だって。
でも、こういうのは理屈じゃない。
確かめたい、私がキスした事に気づいていたのか、どうかを。
そう考え、拳を固め意を決する。ミウがぎこちなく緊張した足取りでリビングに向かうと、普段着に着替え終わったカイはポテチを食べながら映画を観ていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はリビングのソファーに座り、ブラウン管テレビで映画を観ていた。土曜日という事もあり、朝食後はゆったりとした時間を過ごせる。
今日は都合の良い事に予定もない。少しミウの様子を観察してみるか――、そう思っていたんだけど……。
「…………」
隣でチラチラと、さっきからミウが此方の様子を伺っていた。
まさか俺の方が観察されるなんてなぁ……。
恐らくだけど、殆ど夢の内容を覚えてんだろうな。じゃないと、俺の様子を伺う理由が無い。
夢の中でレイプする際、俺はミウのナイトブラをハサミで切った。それが幸いしたんだろう。服を着替えた際、ナイトブラが何の傷も付いていないと確認したはず。
だからこそ、十中八九は夢の出来事だとは察しているはずだ。
でも、些細な疑いとはいえ晴らすなら早いに越した事はない……。それなら部屋に入れる事が最も効率が良い。何か証拠を見つけ出そうと物色はずだから。
そこで何も証拠が出なければ、夢だったと諦めて満足してくれんだろ。
どうにかして部屋に誘導した上で、一人きりにさせねぇとなぁ……。
「兄さんってラノベ、好きだよね?」
「え? あ、あぁ、うん。好きだけど、それがどうかしたか?」
唐突なミウの質問に、意図も分からず俺は答えた。
「私もラノベ読みたくて……、面白そうな奴を貸してくれない?」
ミウは頬を掻き、少し緊張気味に尋ねてきた。
「…………ッ! ……俺、今から友人と会う予定だし、勝手に部屋に入っていいぞ」
そうか。ホント馬鹿だな、俺は。別に一緒である必要はないのか。寧ろ俺は家を出て、ミウを放置してればそれで良い。
放置しておけば、勝手に部屋に入って、勝手に物色して、何の証拠も見つけられずに諦めるはずだ。
そうと決まれば早速、イノリに連絡を――。
俺が立ち上がり、目の前のローテーブルに置かれた折り畳み携帯を手に取った。
「…………ッ」
隣を見ると、少し距離を置いて座っていたミウが、俺の服の袖を掴んでいた。
「…………。えっと? 何かあったのか?」
何か間違えたか? 夢の出来事に関する事を、何か口にしてしまったとか? いや、そんな下手な事は何も言っていないはずだけど……。
「……今日は一緒に映画観ようよ。久しぶりなんだし、いいじゃん、別に」
顔を真っ赤に染めて、縋る様な瞳。ミウの眼差しには真剣な気持ちが浮かんでおり、妙に断りずらい雰囲気があった。
何を、考えているんだ……。証拠を探す絶好のチャンスを、何故……。
「……分かった。久し振りだもんな。一緒に過ごそうか」
平静。いつもの俺を演じる。携帯を置くと優しく笑って、ソファーに座る。
恐らくミウは証拠を探す事は諦めているんだ……。それより俺の口から何かボロが出ないかに着目している……。いつもと違う妙な態度を観察しているに違いない。
俺は昔は成績優秀だったし、ミウの中では頭が良い印象があったのかもな。だからこそ容易く証拠を掴ませないと割り切ったんだ。
こうなると厄介だ……。
夢の中の出来事だから物的証拠は残らない。そう
ただの性犯罪者として認識されてしまう。
レイプされたんだと確信を持たれたら、流石に不味い。マジで刺される事も覚悟しないといけなくなってしまう……。
「兄さん、会おうとしていた相手って、イノリさんだったりする……?」
緊張した様な声で、ミウが訊いてきた。
「えっと……、まぁ、そうだな……」
適当に返事して、とりあえずミウの様子を伺った。
他の連中はアイドルの追っかけに行くとか言ってたし……、イノリくらいしか気軽に誘える相手いないんだよなぁ。
そう考えると友人少ないな、俺……。
「好きなの? イノリさんの事が」
「…………? いや、別に。ただの女友達だよ、普通に」
少し悲し気な表情で見てくるミウに、俺は本音を伝える。
質問の意図が分からないけど、素直に答えて問題ない、よな……。
イノリは一応女だし、顔もかなり良いけど……、異性として意識した事ねぇなぁ。普通に友達感が強すぎて、異性として意識できないというか。
「そっか……」
嬉しそうな表情。ミウが少しだけ腰を動かし、俺と距離を詰める。
……さっきから分からないな。何を考えてるんだ、ミウは。
質問の意図が分からない。
「…………」
いや、よく見たら今日のミウはシャツに短パンだ。
家に居るとはいえ、普段は長袖を好んで、あまり肌を見せようとしない。それなのに今日に限って薄着……。
読めたぞ……。あえてミウは俺に襲わせる事で、決定的な証拠を掴もうとしているんだ。
何か今日は少し様子がおかしい感じはしていたが、そういう事かぁ……。
だけど甘いな、ミウ。
夢の中なんだよ、俺の犯行現場は。そう簡単に証拠を掴ませる訳ないだろ、全く……、ビビらせやがって……。
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