昼食
ヒナの先導で、市場の中にある広場にやってきた。大きなテントがいくつか設置されており、その下にはストーブが備えられ、周囲にテーブルとベンチがある。
おそらくここは、市場で買ったものをその場で食べるために、市場側が用意した場所なのだろう。つまり、ショッピングモールのフードコートみたいなやつだ。
ちらと袖をまくって、腕時計を見た。時刻は十一時半。まだ昼食には早い時間帯なのか、客の姿はまばら。ここで持ち込み弁当を食べていいのかが分からないが、ヒナがそうする以上は、たぶん良いのだろうと納得しておく。
ヒナはストーブに近い席に着くと、タッパーのフタを取った。俺は彼の前に座る。ヒナが、顔を上げてこちらを見る。
「トーヤ、ベントー、たべる、する」
「うん、食べな」
「……トーヤ、ベントー、ある、ない?」
「え?」
「ヒナ、ベントー、ある。トーヤ、ベントー、ある、ない……?」
少し考えて、何を言いたいのか理解した。ヒナは俺が自分の弁当を持ってきていると考え、二人で一緒に食べようというつもりで広場に誘ったのだ。しかし俺は、一向に弁当を取りださない。そりゃそうだ。今日作った弁当は、全部組合に配達してしまった。
「……えっと、俺の分は、なくて」
おずおずと告げると、ヒナはあからさまな呆れ顔になる。
「ごはん、みせ、おわる。みせ、ひと、ごはん、たべる。ぜんぶ、ごはん、うる、ない」
あー……そうだよな。弁当と一緒に、自分のまかないも作っておけばよかったのだ。せめて、量の調整が効く米やおひたしを取っておくとかすればよかった。
「はい……」
「わかる、した。いちば、いく、する。トーヤ、ごはん、かう、する」
「……あ、いや。俺、カネ持ってなくて」
ヒナがフリーズした。数秒後、俺にはとても聞き取れない早口で何かまくし立てた後、通じていないと気づいて口をつぐんだ。それから、今度はハキハキと、聞き取り可能な程度の早口で続ける。
「……ごはん、かう、できる、おかね、ある、ない!?」
「はい……」
「ヒナ、いう、した。くみあい、どうぐ、たべもの、ある。トーヤ、いく、する。ベントー、つくる、する。おかね、いる、ない!」
「はい…………」
「トーヤ、ぜんぶ、ごはん、ベントー、いれる、した。ぜんぶ、おかね、ベントー、つかう、した!?」
「はい………………」
いや、もちろん、日本円なら多少の持ち合わせはあるが。今この場に限れば、俺には食べるものも、食べ物を買う金もない。
「ばか」
キッパリとヒナが言った。その通りだった。
「いやその……弁当届けたら、お金貰えると思って……」
追い詰められた結果、ふっと言い訳が湧いて出た。正直、さっき弁当の代金を貰うべきだったこと自体、今の今まで抜けていた。
「はあ……。トーヤ、しんじる、ひと、ない。ベントー、とどける、した。おきゃく、たべる、した。はこ、もらう、する。おかね、もらう、する、できる。しんじる、ひと、ない、うる、ひと、おかね、ぜんぶ、あと!」
烈火のごとく叱られているが、正論すぎて返す言葉がひとつも見つからない。ヒナは大きくため息をつくと、タッパー弁当のフタを閉め、立ち上がった。市場の店で、何か買うつもりのようだった。
……まあ、ヒナは現地の子だからな。親からお小遣いを貰うとか、あるいは昨日親方に貰った仲介料みたいに、自分で稼ぐとかしているのだろう。
黙って待っていると、ヒナが串焼きを二本持って戻ってきた。焼きたてなのだろう、湯気が出ていて見るからにうまそうだ。片方の串が、こちらへ差しだされる。
「トーヤ、たべる、する」
「あっ、いいよ? 俺は弁当食べるから。そっち食べな」
「ない! ベントー、ヒナ、もらう、した。ヒナ、たべる、する!」
「はい……」
引き寄せかけたタッパー弁当を返却し、代わりに串焼きを受け取った。何の肉なのか分からない、というか、俺の知る牛とか豚とか鶏とかがこの世界に居るのかからして分からないが、とにかく、うまい。
しかし、考えてみればそりゃそうだ。朝から何も食べずに十食分の弁当を作って、電車に揺られて、歩いて運んで、届けて、やっと一息つけたのだ。腹が減っていないわけがない。
「ヒナ、ごはん、あげる、した、ない。ヒナ、おかね、もらう、する。おかね、すこし、ふやす、もらう、する!」
弁当を食べながら、ヒナがジトリとこちらを睨んだ。その串焼き代は、後で弁当代を回収したら利子付きで精算するからな、ということだろう。さすが商人の子だ、抜け目ない。
「トーヤ、ベントー、つくる、できる。うる、ばか。ヒナ、いる、ない、する。トーヤ、ベントー、うる、する、できる、ない」
「ごもっともです……」
とはいえ、今回はただ、頼まれたから弁当を作っただけ。俺には別に、異世界で商売をしようなどという考えはないのだ。タッパーを回収したら終わりの、スキマバイトみたいなものだった。
というか、バイトですらない。だって、異世界のカネなんか貰ったところで、俺には使い道がないのだから。
そもそも俺は、日本円ですら、日々の生活費以外には使い道を見つけられずにいた。節約は、ただ口座残高の数字を増やすだけのゲームみたいなもので、自分でも、何が面白くてやっているのか分からない。
ただ、ログボを貰い損ねると、なんだか損をしたような気になる。だから、毎日ログインせずにはいられない。そんな感じで、だらだらと続けているだけだった。これがゲームなら、飽きたら終わりでいいのだが、こと生活となると、生きているかぎりは終われない。
「……ヒナはさ、どうしてお金が欲しいの?」
ふと、気になって尋ねた。ヒナが不思議そうに目を瞬かせる。
「つまり……何か、欲しいものがあるの? おもちゃとか」
異世界のカネをもらっても、銀行口座の残高は増やせない。俺の節約ゲームには関係ないのだ。だったら、受け取った弁当代金から串焼き代や利子を払うなんてケチくさいことはせず、全額ヒナに渡してもいいな、と思った。
弁当代を受け取ったら、それで彼の欲しいものを買って、プレゼントする。稼いだ金額では買えそうになければ、そのままカネで渡したっていい。何にせよ、この仕事を受注したのはヒナなのだ。彼には、受け取る権利がある。
「うーん……。ヒナ、うる、かう、はたらく、ひと、こども。うる、かう、いきる、おなじ。おもう、した、ない」
「あー、なるほど」
しかし、もし俺が弁当代を全額渡すと申し出たら、たぶん、ヒナはまた怒るんじゃないだろうか? しかも、烈火のごとく。そんな予感が、俺の口を閉ざした。それきり黙って、残りの串焼きを食べ続けた。
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