調理

 翌朝、午前六時。冷蔵庫に何とか詰めた食材を取りだして、調理を始めた。いつ納品すればいいのか詳細には聞いていないが、ひとまず目標を午前十一時に設定。移動時間を考えると、できれば十時までには完成させたいところだ。

 まずは、何よりも米だ。いつもは一週間五食分で三合だから、今回は六合必要。うちの炊飯器は三合炊きなので、二回稼働させなくてはならない。ひとまず三合は、昨日のうちに研ぎ、六時に炊けるようセットしておいたので、洗ったステンレスバットを拭いて、その上に米飯を広げた。

 内釜を洗い、30キロの米袋から、ぴったり三合分の米をすくった。実家を出てこの方、律儀に定期配送されてくる実家の米。そして毎回、配達員に無言の圧力を掛けられる。気がする。申し訳ない。

「さてと」

 腕まくりして、次の米の準備をする。普段なら水道水で研ぐのだが、今日はミネラルウォーター。手早く、優しくかき混ぜて、最初はすぐに捨てる。さらに数回洗い、ミネラルウォーターに浸水させたら、準備完了。

 炊飯器に内釜をセットして、炊飯スタート……と思いきや、いきなりエラーが出た。

「えっ!?」

 説明書を引っ張り出してきて確認すると、どうやら炊飯直後は本体が高温になっており、連続での炊飯はできないらしい。次の使用まで一時間ほど本体を冷ます、とあり、早くも出鼻をくじかれる。どうして俺は、いつもこうなんだ。

「うーん……」

 炊飯器が一時間使えないのは痛手だが、くよくよしても仕方がない。時間はまだある。とりあえず、おかずを作ろう。

 ズボラ自炊の鉄則は、何より洗い物を増やさないこと、これに尽きる。だから、どんな順番で何を作り、どの調理器具を使うのか、あらかじめフローをイメージしておくことが重要だ。俺の仕事が世の中の役に立っている実感は正直ないが、少なくとも、こういう時には、俺の役には立っている。

 といっても、別に難しく考える必要はない。卵焼きを作ったフライパンで、そのまま鶏肉を焼いても構わない。揚げ物は、一番最後。そういうことだ。

 黙々とおかずを作ってはステンレスバットにあげていったが、なにせ普段の倍量なのでスペースが足りない。

 壁に立てかけてあるこたつ机を出してきて、部屋の中央に据えた。入居したばかりの頃、ちょうど退去していく隣の住人が「まだ使えるし、もったいないから」とくれたものだった。ウッカリ貰ってしまった後、六畳一間では明らかに邪魔だと気づいたが、時すでに遅し。捨てるにもカネが掛かるため、長らく放置していた。

 しかし世の中、何が幸いするか分からない。作り終わったおかずを並べるのに必要な場所を、このこたつ机が提供してくれた。

 使い捨ての紙皿まで動員して、何とか総員、退避完了。そもそも暖房を入れていないので気持ち程度だが、少し窓を開けて、冷却を早めようと試みる。冷めた釜でもう一度米を炊き、すべてきちんと冷ましたら、準備オーケイ。

 料理が出揃えば、次の工程は盛り付けだ。まずは、こたつ机の空きスペースに、弁当箱を並べて……。

「……ん?」

 そこで初めて、気づいた。十食分の弁当箱? この部屋のどこに、そんなものがあるんだ?

「うわあ……」

 どうしよう。やってしまった。昨日のうちに、使い捨ての弁当容器を買っておくべきだったのに。

 どうする? 普段の弁当は、百均のタッパーに入れている。とても美品とは言えないが、同じ規格のものが手元に四つある。では、残り六つは? 作り置き用のタッパーをかき集めるしかない。サイズ感が違うものも混じるが、背に腹は代えられない。

 不完全でも、納品できないよりはマシ。俺はずっと、そういう世界で生きてきた。いいか。使い捨て弁当容器を用意していないのはバグじゃない、仕様だ。ヒナが親方にプレゼンしたのは、タッパー弁当だった。俺は、タッパー弁当屋なのだ!

 ともかく、作り置きのおかずを紙皿に退避させるなどして、何とか十個のタッパーを用意した。まず米飯を全体に敷き詰め、その上に主菜を、空いた端に卵焼きとおひたしを載せていく。

 エックスへの弁当写真投稿を諦めて以降は見栄えなど気にしたことがなかったが、他人に食べさせるならそうはいかない。美的センスはないにせよ、可能な限り丁寧に詰めていく。

 タッパーのフタを閉め、弁当の準備は完了。あとは……サービスのスープだな。

 鍋にお湯を沸かし、鶏がらスープの素で味付けをする。菜箸で時計回りにかき混ぜて水流を作り、反時計回りに溶き卵を流し入れると、卵が水流に乗ってふわっと広がり、まるでプロのような出来栄えだ。少し取っておいた下茹で済みのほうれん草を加え、控えめにしょうがチューブを絞った。

 スプーンにひとすくいし、味を見る。こんなに簡単なのに、普通にうまい。もちろん、それは食材やレシピの功績であって、俺の功績じゃない。俺はただ、日本人の、あくなき食への探求心という巨人の肩の上に立っているだけだ。

 いつもは麦茶を入れている保温ボトルに、生姜スープを注いだ。東京に出てきた時に使ったきりの旅行鞄を引っぱり出し、タッパー弁当とボトルを詰める。

 年末の通勤電車はガラガラだ。旅行鞄を持ち込んでも、それほど迷惑にはならないだろう。

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