受注

「居るのかよ」

 思わずツッコミが声に出た。カラのタッパーを抱えて石畳に座っていた少年が、ぱっと顔を上げてこちらを見る。

「にーちゃん!」

「え!?」

 俺が驚いて固まっていると、彼は立ち上がり、こちらへ駆け寄ってきた。なんで言葉が分かるんだ? だって昼間は、何を言っているか全然……すると、向こうも同じことを考えたのか、目を輝かせてこちらを見上げる。

「にーちゃん、はなす、わかる!?」

「わ、分かる……かも」

「○○○○○! ○○○○○○! ○○○○○! ○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○!」

 少年が早口でまくし立てた。途端に、100%理解不能になった。

「えっ、ごめん、やっぱ、分かんない、かも」

「はなす、わかる、ない?」

「……そっちも、俺の言葉が分かるのか? どうなってんだ」

 まったく理解が追いつかなかったが、少年はちょっと首をかしげただけで、それほど気にしていないようだった。まあ、子どもなら、たとえ言葉が分からなくても通じ合って、誰とでも友だちになれる……そういう子もいるのかもしれない。俺は違ったけど。

「ヒナ、まよう、した。さびしい、なく、した。にーちゃん、ごはん、くれる、した。おいしい、した。ヒナ、おかえし、する、したい」

 と彼が言った。なるべくゆっくり丁寧に、単語ごとに発音してくれているようだった。だとしても、なぜ聞き取れるのか見当もつかなかったが、ともかく、そう聞き取れたのは事実だった。

 だいたい、あの穴に入った時点で、今さら不思議な現象の科学的根拠なんて考えても仕方がない気もする。

「にーちゃん、ヒナ、いっしょ、いく、する。ヒナ、ごはん、あげる、する」

 要するに、弁当の御礼に何かご馳走したい、ということなのだろう。まず、異世界の食べ物を食べて大丈夫なのか、という不安が脳裏をよぎったが、自分から異世界の子どもに弁当を与えておいて、「俺は怖いから食べたくない」は明らかにフェアではない。あの時は、そこまで考えが至っていなかったとはいえ。

「うん」

 まあ、食べられるかどうかは、自分の五感が判断してくれるはずだ。もし、どうしても無理そうなら、カタコトでも何とか説明して断ればいい。今度は袖を引かれるまま、彼と共に歩きだした。


 少年に連れていかれた先は、近所の市場だった。彼は、小さなスペースに布を敷き、こまごまと品物を並べて商いをしている男に駆け寄ると、嬉しそうに抱きついた。

「パパ!」

 まずい、とまず思った。友好的な子どもだと思って安易についてきてしまったが、その親も友好的かとなると話は別だ。子どもがこんな怪しげな人間を連れてきて、はいそうですかと受け入れる親などいるわけがない。

「……えっと、あの……こんばんは」

 通じているかどうか分からなかったが、ひとまず敵意はないことを示したかったので、笑顔で挨拶をした。

 したつもりだったが、結果的には半笑いで、引きつった声になってしまった。これじゃ、却って怪しまれたかもしれない。なんで、俺はいつもこうなんだ。

「○○○○、ベントー○○○○○○○○!」

 今度は『弁当』だけ聞き取れた。あらかじめ話してあったのか、父親はこちらを見て笑顔で何か言った。とりあえず、問答無用で警備兵に突き出される、という心配はしなくてもよさそうだった。

 父親は並べていた商品を手早くまとめ、敷き布を畳むと、荷物を背負って立ち上がった。俺には言葉が通じないと聞いているのか、身振りだけで「ついてこい」と示して歩きだす。

 連れて行かれた先は、レストランらしき小さな店だった。四人掛けのテーブルがいくつかあり、そのうちのひとつに通される。店員にメニュー表を手渡されたが、見たこともない文字が並んでいて、解読不能。

「ヒナ、パパ、ごはん、たのむ、する。にーちゃん、たべる、する。よい?」

「お願いします」

 少年と父親が店員を呼び、いくつか料理を注文した。やがて、焼いた肉や、野菜を煮込んだスープ、パンなどが運ばれてくる。

 思いのほか、見た目も匂いもいい。たぶん、ファミレスで出てきても気づかない。少年があの弁当をためらわず食べたのだから、食文化はそれほど大きく違わないのかもしれない。

「いただきます」

 少年が取り分けてくれた料理に手を付ける。温かくておいしかった。近頃はずっと、作り置きをチンして食べる生活をしていたからな。他人が作った料理は、まずそれだけで沁みる。

「おいしい?」

「おいしい」

「よい!」

 少年は満面の笑みでうなずき、自分も食べ始めた。

 繁盛している店なのか、どんどん客が入ってくる。テーブルはあっという間に満席になってしまった。そこにまた、ドアベルの音が響く。

 男がひとり入ってきた。店員が狭い店内を見回し、こちらへやってくる。俺たちが四人席を三人で使っているので、相席でもいいか、と尋ねているのだろう。

 父親が承諾したので、その客は俺の隣に座った。どうやら、もともと父親の知り合いらしく、和気あいあいと何か話していて、時おり少年もその輪に入り笑いあっている。

 もちろん、俺は当然なにも聞き取れないし、たとえ日本語だったとしても飲み会で他人同士の話に入っていけるような話術スキルは持ち合わせていないので、なんとなく半笑いで相槌っぽい頷きを挟みながら、料理を食べ続けた。

 異世界に来てまで飲み会ぼっちの憂き目を見るとは思わなかったが、どだい、生まれ育った日本ですらできなかったことが、異世界に来ただけで、できるようになるわけもない。

「○○、○○○○○○ベントー○○○○○○○○○!」

 また『弁当』だけ聞き取れた。少年が、俺の作った弁当の話を始めたのだ。聞き取れない会話に、何度も『弁当』という単語が挟まる。口ぶりからして悪く言われてはいないのだろうが、何を話しているか分からないのは落ち着かない。

「にーちゃん、きく!」

 ふと少年に呼ばれて、顔を上げた。

「にーちゃん、ベントー、つくる、する。おかね、もらう、する」

「へ?」

「ベントー、じゅう、ひと。あした、ひる。おやかた、たのむ、した」

「………………えええ!?」

 待て待て待て! 今の会話で、勝手に弁当の注文を取ったのか!? あれは節約タッパー弁当だぞ。他人様に、商品として提供できるような品物じゃない!

 無理無理無理、と過剰なほど大きく手と首を振る。辞退の意思はなんとか通じたらしく、少年は眉を下げて続けた。

「マリー、くみあい、ごはん、つくる、した。マリー、げんき、ある、ない。ねる。くみあい、ごはん、たべる、できる、ない」

 えっと、つまりその……マリーという人が、具合が悪くて寝込んでいる。それでこのひとり客、親方、は組合とやらで昼のまかないが出せず困っていると。

 少年はその話を聞いて、俺の弁当を親方に売り込んだのだ。当の俺には無断で。

「くみあい、どうぐ、たべもの、ある。にーちゃん、あさ、くる、する。ベントー、つくる、する。おかね、いる、ない。にーちゃん、おかね、ふえる、する。おやかた、ひと、よい」

「いやっ、気持ちは嬉しいけどさ! 俺の弁当なんか……」

「ヒナ、うる、かう、はたらく、ひと、こども。もの、よい、わかる。ヒナ、あじ、しる、した。ベントー、よい。くみあい、よろこぶ、する」

「そっ、そんなこと言われても……俺にも都合ってものが……」

「マリー、ひと、よい。くみあい、こまる、した。マリー、じぶん、よい、ない、おもう。マリー、かなしい。にーちゃん、マリー、かなしい、よい、おもう?」

「うっ……」

 言い負かされた。そりゃ、商人の子に口先で敵うわけがなかった。だいたい、頼みを断るような都合なんかありはしないのだ。仕事を納めて、年末年始の連休に、ただのひとつの予定もない身の上には。

「わ……分かったよ。明日の昼に、弁当を十個持ってくる。それでいいのか?」

「くみあい、どうぐ、たべもの、つかう、する、ない? おかね、もらう、する、あと。にーちゃん、おかね、いる、よい?」

 もちろん、できるなら、現地で作るに越したことはないだろう。しかし、異世界の調理器具や食材を使った料理など、自分にできるとは思えなかった。

 大丈夫だと頷くと、少年は親方に何か説明する。

 すると親方は承諾した様子で、ポケットの巾着袋から茶色い硬貨を数枚取りだし、少年に渡した。さては、コイツ――仲介料目当てだったのか!?

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