004_マジで地獄のお茶会なんよ

「ねえ、お聞きになりました?」


「もちろんよ! 王宮を裸で走り回った女の話でしょ?」


「それそれ! なんでも王太子と一夜を共にしたとか……」


「えええぇぇぇ?!」


 あの日から、三日。

 社交界の話題は、一色に染まっていた。


 私の参加しているこのお茶会でも、ここそこで3日前の大スキャンダルに関する噂話が満開だった。

 耳に入ってくる言葉ひとつひとつに、私は叫び出したい思いをぐっとこらえていた。


「あの麗しい王太子殿下が? そんなはしたない女と!? わたくし、ショックですわ!」


 はしたなくて悪かったな。


「きっと、魔法で誘惑したのよ」


 だれが魔法少女だ。


「私が聞いた話だと、妖怪じゃないかって……」


 魔法少女の方がマシだった。


「それに、その……カラダの方も……かなり豊満だったとか……」


 やめて! 私の脂肪を手がかりにしないで!


 令嬢たちは口々に、やだーとかはしたない、とか言って笑った。

 なんとまあ、格好の話題を提供してしまったものだ。


「まぁまぁ、皆さま。あの夜の件、ご存じですわよね?」


 このお茶会の主催――セレーナ・ルマンド嬢が話に加わった。


「ええもちろん! どこのお嬢様なのかしらねぇ」


「殿下はお優しい方ですもの、きっと騙されたのですわ!」


「きっと妖怪よ!」


 令嬢達の好き勝手な発現に、私はティーカップを持つ手をぷるぷる震わせながら、優雅に微笑む努力をした。

 貴族令嬢は、顔の筋肉も仕事のうちだ。


 セレーナが令嬢達の話を総括するように、憤りの顔を見せた。


「本当に、けしからないお話ですわ。王太子殿下の寝室に忍び込むだなんて……!」


 忍び込んでねぇ。むしろ連れ込まれた側だよ!


「セレーナ様は殿下に近しい方ですものね。お心を痛めておられるでしょう?」


「私などは……ただ、殿下にふさわしい方であってほしいと願っているだけですわ」


 わあ、正論ぽい。お前が元凶だけどな。


「アリシアさんは、どう思われます?」


 やめろ。私に話題をふるんじゃねえ。


「まぁ……大胆なお方もいらっしゃるのね……

 私なんか、緊張で王太子殿下のお顔もまともに見られませんのに」


 我ながら名演技である。

 地味な令嬢の控えめな発現に、場の数名が「そうですわね」とうなずいた。


 だがセレーナの視線は、冷たかった。


「……アリシアさん、あなた、あの夜……舞踏会でお酔いになった後、どうなさいました?」


 うぽっ?!

 不意に放り込まれた爆弾に、私は危うく紅茶を噴き出すところだった。


「え、ええと……しばらくして家の者が迎えに参りまして……先に失礼させていただきましたわ」


「あらあ……大変でしたこと」


 いや、お前に一服盛られたんだが。


「……そういえば、くだんの女性 ” も ” 豊満なカラダをなさっていたとか……」


 お茶会の空気が、ぴりっと凍りついた。

 ティーカップの中で紅茶の波紋が広がる。


 私の身体を眺め回すな。

 脳内警報がフル稼働する中、私は作り笑いを浮かべた。


「……真偽はともかく、王太子殿下とお噂になるくらいですもの。

 きっと、グラマラスな方だったのね。私のようなデ……ぽっちゃりには羨ましい限りですわ」


 じっと、セレーナは私の目を見た。何かを見通そうとするように。

 私は何も考えないようにして、セレーナの目を見返した。


 少しの沈黙の後、先に目をそらしたのは、セレーナの方だった。


「ほほほ……それは、そうですわね。アリシアさん、デブですし……」


 その言葉を使うな。


「殿下が相手にするはず、ありませんわね……ほほほ、私としたことが」


 セレーナはまったく笑っていない顔で、笑った。

 私も優雅に微笑んだ形に、顔を作る。そして心の中で叫んだ。


 誰か! この地獄茶会を終わらせてくれ!


*****


 お茶会の喧騒から外れた、庭園の脇道にうずくまり、私はどっとため息をついた。


 セレーナが別のテーブルに移った隙に、ここまで逃げてきたのだ。

 笑顔をあと五分続けていたら、顔の筋肉が吊っていた。


「もう……マジ帰りたい……」


 もう婚約決まったから!と、社交界のお誘いを全部断るつもりだったのに……

 クレアに「いきなり行動を変えてはいけません。これまで通りに振る舞うのです」と釘を刺されてしまったのだ。

 「あと、婚約しようが、結婚しようが、貴族の一員である限り、社交界からは逃れられません!」なんて、絶望的な事実を突きつけられた。


 はあ……結婚すれば、一生書斎に籠もって本だけ読んで生きていけると思ってたのに……

 

 もう一度、ため息。

 そんな私の頭の上から、ひとりの令嬢の声がした。


「あの……お加減、悪そうですけど……?

 大丈夫、でございますか……?」


 ふと顔を上げると、温かみのある桃色の髪の少女が、心配そうに覗き込んでいる。

 美少女だ。

 私と違って、とても華奢な。

 私もこんななら、王太子から逃げなくて済んだのかな、と少し思った。


「大丈夫よ。

 ちょっとだけ……この世の全てを呪ってただけだから……」


「……大丈夫、でございますか……?」


 美少女は、多分さっきとは違う意味で、私に問いかけた。


 このときの私は、まだ知らなかった。

 彼女――リシェル・フェットチーネが、私の運命を変える友になることを。




【後書き】


これは、アリシアの恋の物語です。

主人公がこの世の全てを呪ってますが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回、アリシアは天国と地獄の岐路に立ちます。


多分、恋の物語です。



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2025年12月31日 10:11
2025年12月31日 15:51
2025年12月31日 20:51

【<裸>で隣に寝てた】のは、王太子殿下であらせらりるれ?! 陽々陽 @yoh_story

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