003_馬車の中の隠し事

 動き出した馬車の中で、クレアは腕組みして私を見下ろした。


「では、なにをしでかしたのか……たあああっぷり、聞かせていただきますね」


 私は馬車の床に正座して、小さくなっていた。


「……」


 怒り心頭のクレアを前に、どう説明を始めたものか、と、私は言葉を選びかねていた。

 重苦しい空気を打ち破るように、御者のトマスじいさんのバカ笑いが響いた。


「もう、お嬢様に驚かされることもないと思ってたが……

 すっかり大人のカラダになって! お嬢様も成長したもんだ!」


 クレアは苛立ちのまま、馬車の壁、ちょうど御者席のトマスの背中あたりを蹴りつけた。


「分かってるの?! お嬢様はこれでも貴族! 私たちとは違うの!

 しかも婚約が決まったばかり! こんなことが公にでもなってみなさい!

 破談! 婚約破棄! 賠償金! 限界貴族のシルベーヌ家なんて、本当に無くなりますからね!」


 いろいろ失礼なことを言われているような気がする。


「まあまあ。そんな剣幕じゃあ、言葉も出てこんよ。

 まずは、お嬢様の話を聞こうじゃないか」


 トマスじいさんは、クレアをなだめるようなやわらかい声を出した。

 クレアは大きく息をついて、少しだけ私が口を開きやすくなった。

 ありがとう、トマスじいさん。


 私は昨日の舞踏会のこと、朝目覚めた状況、どうしてこんな格好のまま走り出すことになったか……

 ひとつひとつ整理しながら話した。


 クレアの赤い顔は、王太子が登場したあたりで白くなって、最後には青くなっていた。


「ごめんね、田舎のお母さん……私、多分職を失うわ」


 目に涙をためて、クレアは天を仰いだ。


「わし、なんも聞いてないから! なんも聞こえんかったから!」


 トマスじいさんも大声で叫ぶ。

 私はあらためて、自分の状況のヤバさを痛感した。


「多分、どこの誰ってのは、バレてないと思うけど……」


「……バレたらおしまいです……

 そして、明日から、大々的な犯人捜しが始まります……」


 まあ、ただでさえ王太子のスキャンダルの上、あれだけ大騒ぎになったなら……


「この馬車は廃棄します。シルベーヌ家の紋が入っており、目撃された恐れがあります。追求されたら、盗まれたと答えましょう。

 そして、お嬢様は昨日、深夜にお屋敷に戻ったことにします。

 深夜だったので、迎えに行った私とトマスしか知らない。いいですね?」


「うわあああ……もう、隠居させてくれぇ!」


 隠蔽工作に巻き込まれたトマスじいさんは悲鳴をあげた。

 悲痛な叫びに眉ひとつ動かさず、クレアはぶつぶつとつぶやいた。


「お嬢様がいたのは、おそらくダンスホールの控え室……しかもVIP用の特別室ですね。

 半端な身分では使用できないはずですが……」


「セレーナかしら? 伯爵だけど、王家と交流があるみたいだし」


 私はクレアの独り言に口を挟んだ。


「では、お嬢様を裸にして控え室に寝かせて……恥をかかせようとしたか、スキャンダルにしようとしたか……」


 自分で裸になったかも知れないが、だまっとこ。


「王太子が来たのは偶然……? いくらセレーナでも、王太子に一服盛るなんてしないと思うけど……」


「……王太子殿下も、裸だったんですよね?」


 クレアの言葉に、私の頬がかってに熱くなる。


「あ……うん……」


 衝撃でいろいろと覚えてないが、とにかくなんか凄い得した気分だ。

 一族郎党まとめてピンチではあるけど。


「……お嬢様、めちゃめちゃ走ってましたね……」


「? 必死だったから……」


「初めての翌朝で、あんなに走れますかね?」


「……そういうもの?」


「私の時は……」


「私の時!? クレアって……!」


 クレアも、一瞬で赤面した。


「ち、違います! 一般! 一般的な話で!」


「え? え? え? 相手、相手は誰よ!?」


 キャッキャッと盛り上がる私たちの声を聞いて、トマスじいさんがぼそっとつぶやいた。


「なんかもう……

 どうにでもなれって気がしてきたわい……」



【後書き】


これは、アリシアの恋の物語です。

主人公が大変下世話な話で盛り上がってますが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回は、アリシアがお茶会で妖怪の疑いをかけられます。


多分、恋の物語です。


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