第3話それは、つまり。不合格?



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### **第三話:氷の亀裂**


「で、君は、何ができるんだ?」


プロデューサーの冷たい声が、静寂に満ちた部屋に反響する。

全ての視線が、自分に突き刺さっている。

相田詩織の頭は、真っ白だった。


歌。そうだ、歌わなければ。

でも、その前に、何か。自己PR。


しっかりしなきゃ、私。

息を吸い込み、声を張り上げようとした、その瞬間。


「は、はういッ!」


また、やってしまった。

情けなく裏返った声が、自分の耳にも、ひどく間抜けに聞こえた。

審査員席から、かすかな失笑が漏れる。

もう、ダメだ。終わった。


その絶望が、逆に、詩織の心のタガを外した。

どうせ、落ちる。

どうせ、笑われる。

なら、もう、どうにでもなれ。


「あ、あの!」


詩織は、ほとんどヤケクソで叫んでいた。


「元気! だけが! 取り柄です! 一生懸命やります! よろしくお願いしますッ!」


言い終わると同時に、バッと効果音がつきそうな勢いで、深々と頭を下げる。

技術も、個性も、経歴も、何もない。

今の自分に出せるのは、この、根拠のない元気と、やる気だけだった。


シーン、と静まり返る会場。

作曲家らしき男性が、呆れたようにため息をつく。

他の審査員たちも、冷めた目で書類に何かを書き込んでいる。


あぁ、やっぱり、ダメだったんだ。

詩織が、顔を上げられずにいると、不意に、奇妙な音が耳に届いた。


「……っ、ぷっ……」


空気が漏れるような、何かを、必死にこらえている音。

恐る恐る顔を上げると、信じられない光景が、目に飛び込んできた。


審査員席の、一番端。

これまで、氷の彫刻のように無表情を貫いていた鈴木絵里奈が、肩を震わせ、片手で必死に口元を覆っている。

その指の隙間から、こらえきれない笑い声が、くぐもって漏れていた。


「ふ、ふふ……っ、あはははは!」


ついに、彼女はこらえきれなくなった。

張り詰めていた空気を切り裂くように、明るく、澄んだ笑い声が、会場に響き渡る。

詩織の、あまりに素直で、あまりに不器用で、あまりに必死な様が、彼女の心の、固く閉ざされた扉を、こじ開けてしまったのだ。


突然の出来事に、詩織は呆然とし、他の審査員たちも、目を丸くして絵里奈を見ている。

プロデューサーが、眉をひそめて、低い声で言った。


「おい、絵里奈」


咎めるような声色。

しかし、絵里奈の笑いは止まらない。涙目になりながら、腹を抱えている。

その、これまで誰も見たことのない、彼女の無防備な姿を見て、プロデューサーの口元が、ニヤリ、と歪んだ。


「……アハハ! 最高だ。面白い」


今度は、プロデューサーが、楽しそうに笑い出した。

彼は、自分の筋書き通りに進まないハプニングを、何よりも好む男だった。

氷の女を、ここまで笑わせる、田舎娘。

この組み合わせは、化けるかもしれない。


「おい、君。名前は?」

プロデューサーの問いに、詩織は、まだ状況が飲み込めないまま、慌てて答えた。

「あ、相田詩織です!」


「そうか、相田詩織」


プロデューサーは、満足げに頷くと、ペンを置き、まるで、ゴミでも見るかのような目で、詩織に言い放った。


「――帰っていいわ、あなた」


「……え?」


その一言は、詩織の頭を、ガツンと殴りつけた。

帰っていい?

それは、つまり。不合格。

さっきまでの、あの和んだような雰囲気は、一体、何だったのか。


絶望が、足元から這い上がってくる。

絵里奈を見ると、彼女は、もう笑ってはいなかった。

少しだけ眉をひそめてプロデューサーを見ていたが、何も言わない。

その瞳は、また、元の、冷たい湖の色に戻っていた。


「……ありがとうございました」


かろうじて、それだけを絞り出し、詩織は、ふらふらと扉に向かう。

夢の入り口だと思っていた扉が、今は、地獄の出口にしか見えない。


私の夢、たったこれだけで、終わっちゃったんだ。

涙が、溢れそうになるのを、ぐっとこらえる。


扉に手をかけた、その背中に、プロデューサーの秘書らしき女性の声が、事務的にかけられた。


「相田詩織さん。明日の13時に、レッスンスタジオへ。遅れないでくださいね」


「…………はい?」


詩織は、自分が、何を言われたのか、全く、理解できなかった。

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