第6話:マタギASMR
「で、どこに行くんだ?」
権田がハンドルを握りながら尋ねる。リムがスマホの地図アプリを示した。行き先は、村外れの山奥。そこには『猪狩(いかり)』という表札のある、古びた日本家屋があった。
「ここって……キヨ婆ちゃんの家か?」
片桐が呟くと同時に、裏庭から「ズドン!」という爆音が響いた。三人が裏庭に駆けつけると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
身長一四〇センチほどの小柄な老婆が、巨大な猪の死体を踏みつけ、手にしたライフル銃の銃口から煙を上げていたのである。猪狩キヨ。御年八十二歳。現役のマタギ。
「なんだ、役場の小僧どもか。今日は熊鍋でも食いに来たか?」
キヨは血のついたナイフを研ぎながら、屈託のない笑顔を向けた。
「ひいぃっ! キヨさん、銃! 銃を下ろしてください! 住居区域での発砲は……」
「うるせえな。ここらは俺の庭だ。文句があるなら役場で書類でも書いてろ」
リムが、片桐を押しのけて前に出た。彼女はキヨの前に跪くと、無言でカメラを構えた。キヨが「あんだ、坊主?」と怪訝な顔をする。リムはスマホを見せた。
『 そのまま、解体して 』
「ほう、物好きな娘だ。血が飛ぶぞ?」
キヨは笑うと、鮮やかな手つきで猪の皮を剥ぎ始めた。その手際たるや、芸術的だった。骨と肉の継ぎ目にナイフを入れ、無駄な力を入れずに解体していく。命を頂くことへの敬意と、熟練の職人技。グロテスクだが、なぜか神々しい。
リムは息をするのも忘れたように、その様子を撮影し続けた。接写、俯瞰、そしてキヨの深く刻まれた皺のアップ。一時間後。解体を終えたキヨは、猪の肉片を三人に差し出した。
「ほれ、心臓だ。食え。精がつくぞ」
片桐が白目を剥いて卒倒しかける横で、リムはペコリとお辞儀をした。
その日の夕方。二本目の動画がアップされた。タイトルは『【ASMR】82歳、命を解く音』。BGMなし。あるのは、風の音と、ナイフが肉を断つ音、そしてキヨの荒い息遣いのみ。過激なサムネイルとは裏腹に、映像は映画のように美しかった。
結果は、一夜にして十万再生。コメント欄には英語やロシア語が溢れていた。『Crazy Grandma!』『This is Life.』『Ninja technique?』
「す、すごい……」
役場のデスクで、片桐は震えた。地方の老婆の日常が、世界中の人々を熱狂させている。これが、デジタルの力なのか。
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限界集落バイラル ~堅物公務員が謎の天才ハッカーとYouTuberになって村を救う件~ @mikitakachi
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