「窓の外」

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複雑な気分になってしまった私は、

ブラウザのタブが固定されていることに気付き、クリックする。

黒を基調とした画面になり、

動画のサムネイルとタイトルが次々と並ぶ。

YouTubeの配信画面だと分かるまでに、少し時間がかかった。

　全てのサムネイルに映る顔は、絵写乱。父親だ。

各動画のタイトルは、

[ダンゴムシとワラジムシ]

[ダンゴムシって、段ボール食べる？]

[ダンゴムシ、石を食べる]

[ダンゴムシ、チーズ食べないの？]

よく見ると、チャンネル登録者数は一桁、

視聴回数もどの配信も三桁に届いていない。

超不人気チャンネルだ。

次に、チャンネルの自己紹介欄が目に入る。

「白身魚ではなく、メルルーサやホキと呼びましょう。」

…押しやすい位置にある動画をダブルクリックする。

「こんにちは。ももマンです。

今日もダンゴムシの研究に、レッツピーチ！

というわけで、始まりましたー。

今日は、まずコメントが来ていたので、それについて答えまーす。」

ピンク色のフェルトで作られた何かを被っている絵写乱が話し始める。

「ももマンのほくろは、毎回位置や大きさが変わっていますが、

どんな意味があるんですか。

というコメントですね！ はい。お答えします。

これは、ただの、私の元気バロメーターです！体調が良いか悪いかです。」

　画面の右下あたりに置かれた桃の置物を、

左手で優しく撫でながら喋る父親が、あっさりと、ハッキリと言った。

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少し。いや、かなり私の頭は混乱している。私の聞き間違いでなければ、いやいや。違う。わからない。でも、違うはず。

混乱する中、コメント欄を見る。コメントをしたアカウントは、

【右耳のバロメーター】：いつも最高の動画をありがとうございます。応援しています。次はワラジムシとの違いが知りたいです。

いや。違う。まいちゃんの赤い目、ユキちゃんの左耳。これは違う。そうだ。この動画の前だ。それが重要だ。私にはそれがわかる。

配信動画の日付は、ほぼ毎日。

かなりの数だ…が！見つけた。これが前日の動画

[ダンゴムシ、右利きなの？]

を再生する。

「こんにちは。ももマンです。今日もダンゴムシの研究に、レッツピーチ！というわけで、始まりましたー。…」

コメント欄、コメント欄、コメント欄、コメント欄、コメント欄！！

【yuji6okuhosii】：いつも最高です。ももマンさんのほくろって、毎回位置や大きさが変わっていますが、どんな意味があるんですか。」

　違わない。

この超ニッチなチャンネルの熱狂的な視聴者。ゆうじ。

彼は、毎日、熱心に。

私の父親の体調を、自分の耳に描いていたのだ。

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　もうすぐ夏休みだ。木村先生は、はしゃぎ過ぎないように。

という、ありきたりな注意喚起（ちゅういかんき）をするが、

それは数ヶ月前を経験した私に刺さる。

結局のところ、全て幻だったのだろうか。それは美しすぎるか。

私の、私たちの、

思春期という時期に訪れた羞恥心（しゅうちしん）にまみれた蜃気楼（しんきろう）。

あれから父親のことを見る目が変わった。

悪い意味ではない。ウザいと感じなくなり、

彼もまた、自分を認めてほしいと願う

愛情豊かな父親だったとわかったからだ。

定期テストの前に、父親から再度聞けたアドバイスも良かった。

論理的に考えること。

クリティカルシンキングを持つこと。

これらが意味することは、私の生き方に直結することが理解できた気がする。

あと、お母さんから、

スマホを買うことを提案されたが、断った。

欲しい理由もないし、断った理由も、ない。

また特等席を手に入れた私は、

窓の外を眺めながら考える。

ゆうじ、まいちゃんは、廊下側の席にいるので、

私からは見えない。

ゆうじのほくろは、今は左耳にあるらしい。

もう特に何も思わない。

　私は、窓の中も外も好きだから。

-終-