ep.7,8,9「窓と鼓動の焦燥」

7

「ユキちゃん!明日席替えしてよ!」


気が付いたら言っていた。自分の中で、確かめたいという気持ちが大きくなり過ぎているようだ。


「席替えの時期じゃないけど…。窓の外が見えるように。だよね。」


勢いでユキちゃん呼びしてしまったけど、それが功を成したかも。

次の日の学活で、ゆうじの後ろの席になった。

隣は、まいちゃんだ。


「隣だね。よろしくね。」


相変わらず、小さい、かわいい声。保健室に行く回数が減ればいいな。


*


 私は、それから毎日じっくり、ゆうじの右耳を観察することにした。

確かにそれは、あった。

プロッキーで描かれたであろう、ほくろ。


少し色が薄い日、しっかり描かれた日、若干小さめの日、楕円だえんっぽい日。

規則性はない。うん。ないだろう。

ただ、毎日描いてあることはわかる。


 そんな日がまた数日続き、

窓に雨が強く当たる、少し肌寒い日。

放課後、まいちゃんに呼び止められた。


「凪ちゃん。最近…、窓の枠にとらわれていない? 私は答えがわかると思う。教えたら、私の話も聞いてくれる?」


突然のセリフに、何と返事をすればいいかわからない私を待たずに、まいちゃんは、話し始めた。




8

「私。ゆうじくんのことが。好きで。」


思いの外、

はっきりとした声で「好き」という言葉が響いた。

その「好き」という言葉に、

びっくりするぐらいしてしまう。


「でも、ゆうじくんは、凪ちゃんが好きだから。」


「え?」


自分でも少し理解していた気がしていた。

言葉にされて、声が出た。


「ほくろ。ほくろはさ…。凪ちゃんへの、合図でしょ。」


大きな目を赤くしながら、

まいちゃんが言った。意味不明…。


ゆうじは、私のことが好き。

その意味に、異様に興奮してしまう。

泣いている、かわいいまいちゃんよりも私を選んでいる。

その事実に、優越感さえ感じる。

少し自分に引きながらも、鼓動の速さは変わらない。


「楕円の日は、総合で班活動だし。

…薄い日は、テストとか。関わらない日で。

二人のための合図…。でしょ。」


そう言われると、そんな気がする。わからない。

息がしづらい。


「私、ずっと気付いてて。考えると、お腹が痛くなるの。

その、聞いてくれて…ありがとう。帰るね。」


涙が零れそうな目のまま、小走りでまいちゃんは行ってしまった。


自分に起きた、この数分間。突然の「好き」という言葉に麻痺まひしてしまうこの感覚。



 窓の外からブラスの音が聞こえる。




9

ユキちゃんを待てない。今日は走って帰ろう。

思うより先か、すでに家に向かって走っていた。

走っていると、少し冷静になれた。


スマホ!「好き」には、スマホが要る。

ウザい父ではなく、優しいお母さんに頼もう。


息は切れ、雨と汗が服を張りつける。

凄まじい早さで家に着いた。絵写乱の靴がない。

外で仕事だろうか。


「ラッキーィッ!」


お母さんに連絡するには、父親のPCを使う必要がある。

つい声が出る。


父親の部屋に、久しぶりに入る。

窓の外からの光は、あまり入らない。

デスクトップPCの電源を入れ、ブラウザを起動する。


『家に入られた時点で、セキュリティは終わりだよ。

仕事のデータはコールドしてあるから問題ない。』


DXコンサルタント様の言葉がよみがえる。ありがとう。



Gmailジーメールのタブには、たくさんのメールが見えるが、

きれいにラベル(フォルダ)分けされている。

-Love妻Love- ラベルをクリックして、最新のメールを読む。

最初に書いてある。次に帰るのは、28日。明後日だ。


他の内容は、意外だった。

近況報告は予想通りだけど、私のことが多かった。


 学校や家での様子、正直、愛情を感じる内容に、「ウザい」と応えている罪悪感が芽生えた。




ep.10に続く

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