ep.4,5,6「窓と同居の論理」

4

「学校内じゃないんだから、ユキちゃん。って呼んでほしいな。」


「家に着くまでが学校です。ってどこかで聞いたことがあります。」


右手で口を押さえて笑うユキちゃんはかわいい。


 地元に愛されて何十年、何店舗あるのかわからないほど多いスーパー。

その内の一店舗で買い物を済ませ、我が家へ向かう。


*


「ただいまー。生きてるー?」


そう。私の担任教師である木村ユキは、私と同じ家に住んでいる。そして、

「ユキさん、おかえりなさい。なぎもおかえり。元気そうで何より。

私も生きています。」


窓からの少ない光と、まばゆいLEDで照らされて、

パジャマで玄関まで出迎えにくる天パの中年が、私の父である。


「凪ちゃんとお風呂入ってから、夕飯の準備するから。」


「あー、ほんとにありがとう。ちょっと仕事が長引いてて。

私が準備すればいいのに。」


「大丈夫。美味しい夕飯を用意するから。」


夕飯の用意は、ほとんど原信と電子レンジがしている気がするけど、それは嫌味だと気付いて、ゴクン。

胃酸で完全に溶かす。




5

「白身魚のフライって、曖昧あいまいな言い方だよね。美味いけど。

メルルーサってはっきり言えばいいのに。」


出た。父親の得意技。ウザい。

この父親は、枠水わくすい 絵写乱えしゃらんという変わった名前の男だ。

私が5年生の頃、まだ一緒に住んでいた母が言っていた。


『凪。お父さんはね。ウザいの。ごめんね。』


お母さんは、いつから気付いていたんだろうか。

私が気付いたのは、割と最近だ。

その頃には、すで単身赴任たんしんふにんに出てしまっていた。


「こういうのって、日本的なんだよ。メルルーサとかをぼかすのはさ。」


この父親、自称DXディーエックスコンサルタントという仕事をやっているらしい。らしいと言うのは、実際に仕事をしているところを見たことがないし、説明を聞いても、私が理解できないからだ。


ただ、時間に自由がくのか、小学校の時の親子行事など、率先そっせんして参加してくれたし、

他の親や先生たちとも仲良くしていたように見えた。


「ユキさん。中学校でバイアスとかは教えないの?」


「きちんと科目に入っている訳ではないので。」


「そうなのか。生きる力として必要だと思うけどなー。」


意外と知的で、

論理的思考ロジカルシンキングクリティカルシンキング批判的思考やらをきちんと伝えてくれるところは、まぁ、尊敬している。

そういった思考力などに関して、

学校で講演をしたりすることもあると聞いている。




6

そうだ。ゆうじのほくろ。この父親なら、

それなりに知的な回答をくれるかもしれない。と思ったが…。

絵写乱は、ウイスキーを飲んでいるせいか、少し目がうつろだ。

うぅ、迷うけど。一応聞いてみよう。


「お父さん。同じクラスのね。男子なんだけど、右耳にほくろを描いているみたいなの。どういうことだと思う?」


絵写乱は、右目を細める。何かを見透かすように、その仕草をする。


「論理的に考えると、誰かのミラーリングだろう。

鏡に映しているわけだ。中1ちゅういちで、

そんな大したことを考えているとも思えないな。」


と答えると、自分の部屋に行ってしまった。


私は、鏡に映しているという意味を、自分に当てはめてみる。ゆうじは、もしかして…。などと考えながらその日は眠ってしまった。


*


考えても答えが出ない日が続いたある日。

いつも通り、薄ピンクの軽自動車の近くで待っているとき、

助手席を窓越しに見た。

大きな荷物が置いてある。教材だろうか。


「ごめん。凪ちゃん。今日は後ろに乗って。」


うなずいて、後部座席に乗り込む。


この景色は、新鮮な体験だ。

いつもの道を走り出して、数分。木村先生をこの角度から見たときだ。


左耳にほくろがある。


これぞ、まさに衝撃的と言った感じだった。




ep.7に続く

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