第8話
昨日の言葉が、まだ耳に残っていた。
「体育館裏で枕営業?」
「先生に媚び売ってた?」
あのねちっこい声が、頭の奥で何度もリピートされる。
笑い声が消えた体育館。冷たい視線。
副部長って肩書きが、こんなにも重いなんて思わなかった。
多分、二年生副部長の二年生の部分が多くを占めているが。
今日の体育館は、さらに重かった。
三年生の視線が、刺さる。
一年生の笑い声も、どこかぎこちない。
私は練習メニューを確認しながら、必死に平静を装った。
「……大丈夫。私は副部長だから。選ばれたんだから。」
そう呟いても、声が震えていた。
練習が終わって、片付けをしていると、流羽が近づいてきた。
「先輩、今日もありがとうございました。」
その笑顔は、昨日と同じ。でも、目の奥が違う。
何かを隠している目だった。
「……うん、お疲れ。」
私はそれ以上、言葉を続けられなかった。
正直なところで言うと、私のことを推しとか言うくせに自分が怖かったら推しでも助けられないのかと。
胸の奥がざわついて、息が詰まりそうだった。
そのまま、私は帰った。
知らなかった。
その後、体育館裏で――悪魔の取引が始まっていたことを。
「流羽ちゃん、だよね、?ちょっといい?」
三年生の声に、心臓が跳ねた。
昨日のことが頭をよぎる。
阿玖陽先輩が泣いていた。
私は、何もできなかった。
三年生が怖すぎて、ただ見ていることしかできなかった。
その罪悪感が、胸の奥でじっとりと広がっていた。
体育館裏。
夕陽が差し込むコンクリートの壁に、三年生の影が伸びている。
「昨日、面白かったよな」
笑ってる。でも、目は笑ってない。
「副部長、泣いてたよね?あんなに必死になってさ」
その声に、背筋が冷えた。
「……何の話ですか?」
「とぼけなくていいよ。あんた、阿玖陽のこと好きなんだろ?」
その瞬間、呼吸が止まった。
「……え」
「LINE、見たよ。あんた、推しって言ってたじゃん」
心臓が、耳元でうるさいほど鳴っていた。
三年生は、一歩近づいてきた。
「いいこと教えてやるから、さ?」
声が低くなる。そして小さくもなる。
「副部長を孤立させたら、あんたに縋るよね?」
「……え?」
初めは理解できなかった。
「いじめは、三年生とあんたで協力してやる。でも、主戦犯は全部あんたにする。」
その言葉が、頭の奥でゆっくりと響いた。
言われて言葉をそのまま飲み込むと、推しがいじめられる。最悪のエンドを迎えてしまう。
しかし、いつも三年生の発言には裏の意味がある。
「どういう意味ですか?」
「簡単だよ。副部長を追い詰める。周りから切り離す。そうしたら、あんたしか頼れなくなる。な?天才的だろ?」
笑い声が、コンクリートに反響する。
「昨日、助けられなかったんだろ?怖かったんだろ?でも、これなら違う。あんたが一番になれる!どう?最高な提案じゃない?」
その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
沈黙が落ちた。
夕陽が赤く私たちの顔を染める中、私はゆっくりと笑った。
「……昨日は、三年生が怖すぎて何もできなかったんです。」
声が震えていた。でも、次の言葉は、はっきりしていた。
「でも、このアイディア……天才的ですね!」
三年生の笑顔が、歪んだ。
「やる気になった?」
「ええ。やります」
その瞬間、私の中で何かが壊れた。
「一番になれれば。それでいい。これが正しい。」
壊れた音が、夕陽の中で静かに響いた。
マンツーマン・ディフェンス 新田にいた @ni-da_ni-ta
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