第5話

朝練の体育館は、まだ冷たい空気が残っていた。

倉庫は冷え切っており、珍しく朝練を誰もしていないことがわかった。

ボールを手に取り、回転させて観察する。

「おはようございます、先輩!」

その声に振り返ると、流羽がいた。

制服じゃない。もう部活用のジャージに着替えてる。

もしかして、毎日この時間に来てるの?

それだったら普通に怪物レベルの体力の持ち主だよほんとに。

という本音は言えるはずないので他愛もない話で誤魔化す。

「早いね」

「先輩が早いなら、私も早く来ます」

その言葉に、胸の奥がざわついた。

ただのやる気?それとも――。


朝練が始まると、流羽はやけに私の近くにいた。

筋肉をつけるトレーニングでも、シュート練でも、他の人は誰一人いないっていうのに、必ず私の隣をキープする。

「先輩、フォーム綺麗すぎます」

「いやいや、普通だよ」

「普通じゃないです。先輩は特別です」

その言葉が、昨日のLINEと重なる。

「……特別って、どういう意味?」

その私の問いに、流羽は「今はまだ、いいんです。」と、笑ってごまかした。

そして、今二人だけという状況も私の脳の回転を悪化させた。


朝練後、片付けをしていると、流羽がまた近づいてきた。

「先輩、ちょっといいですか?」

「ん?」

「……私、先輩のこと、推しなんです」

その言葉に、時間が止まった気がした。

「え、推し?」

「はい。アイドルとかじゃなくて、先輩が一番なんです」

笑顔で言うその目が、まっすぐすぎて、怖かった。

「そっか……ありがとう?」

そう返すしかなかった。

でも、心の奥では警鐘が鳴っていた。

「推し」って言葉の軽さと、流羽の目の重さが、明らかに釣り合っていない。


その日は丁度オフで練習がなかったが、スマホが震えた。

【流羽:今日の先輩、世界で一番かっこよかったです】

【流羽:私、先輩のためなら何でもできます】

【流羽:誰にも先輩を渡しません】

……誰にも渡さない?

スマホを伏せて、深呼吸した。

「これは、ちょっと……普通じゃない」

そう思いながら、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

よし、ここは覚悟を決めて。

いいこと考えた!




本当なら家でゴロゴロしていたかったけど、流羽とのLINEが頭から離れなかった。

たった一人の後輩のせいでリラックスのためのオフ日がドントリラックスだよー。

「夢で会えますように」とか、「結ばれるべき」とか……。

やっぱり普通じゃないよね?

だから、私はスマホを握りしめて、流羽にメッセージを送った。

【阿玖陽:今日予定ない?カフェでも行かない?】

【流羽:えっ!いいんですか!?すぐ準備します!】

返信の速さに、胸の奥がざわついた。

「……探りを入れるだけ。恋バナっぽくして、自然に聞き出す」

そう自分に言い聞かせて、私は家を出た。


カフェの窓際。

流羽は制服じゃなく、私服だった。

シンプルな白シャツに黒のスカート。

「先輩、こういうの、初めてです」

「そう?まあ、たまにはね」

私は笑って、メニューを開いた。

「何飲む?」

「先輩と同じのにします。」

……なんで同じ?

「じゃあ、カフェラテで。」

「はい!」


ドリンクが届いて、しばらく他愛ない話をした。

学校のこと、部活のこと。

でも、私は本題に入るタイミングを探していた。

「ねえ、恋バナしよっか!」

「恋バナ?」

「うん。好きなタイプとか、そういうの」

そこからは私も少し話にのめり込むような中学生女子特有の好きな人のヒント出し合いっこがあった。

恋バナも一区切りついて遂に本題だと静かに喝を入れる。

「あのね、答えづらいかもなんだけど…」

私が恐る恐る話題を振りかける。

とりあいず、束縛するかで推しへの対応も変わってくるだろう。

今日はそこだけ聞き出すことができれば——。

すると、流羽は少し考えてから、笑った。

「束縛したいタイプですか?」

鼓動の音が響く。動悸が加速する。

「え、なんでそれ聞くの?」

まさか、同じこと考えてるとかないよね?

「先輩が聞きたいんじゃないんですか?」

……バレてる。超図星だった。

「いや、まあ……ちょっと気になって、ね?」

「私は、束縛したいというより……独り占めしたいです。」

その言葉に、背筋が冷えた。

「独り占め?」

??。束縛と独り占めの違いが全くわからんが。

「はい。大事な人は、誰にも渡したくないです。」

笑顔で言うその声が、妙に重かった。

「聞きたかったことはこれでしたか。」

流羽が立ち上がって言った。

「バレバレなそういうところも、めちゃくちゃ可愛いです!」

その笑顔を見た瞬間、心臓が一拍遅れて跳ねた。

「……何が、バレバレなんだよ…!」

そう呟いたけど、流羽はもう背を向けて歩き出していた。

私の目には少量の潤いがあった。

「もう、怖い…。」

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