第3話:最新鋭の測定器、ワンパンで轟沈

「えーっと、なんだこの鉄の箱は。馬車より速いな」


俺はエレナに押し込まれた黒塗りの高級車の中で、流れる景色を見ながら呟いた。

シートはふかふかだし、中は快適な温度に保たれている。

二十年前の自動車とは大違いだ。


「これは政府専用の特別車両です。佐藤さん、あなたは今、国家機密レベルの存在なんですからね。自覚してください」


隣に座るエレナは、さっきから難しい顔で端末を操作している。

どうやら俺の処遇について、上層部とやらと揉めているらしい。


「機密って言われてもなぁ。俺はただの迷子のおっさんだぞ」


「あのベヒモスをワンパンで消し飛ばす迷子がどこにいますか! ……いいですか、これから連れて行くのは『探索者管理局本部』。通称、ギルドです」


エレナの説明によると、現代では探索者が職業として確立されており、その活動を管理・支援するのがギルドの役割らしい。

そして、俺のような未登録のダンジョン生還者は、まず能力測定を受けなければならない決まりなのだそうだ。


車は都心の巨大なビルの地下駐車場へと滑り込んだ。

エレベーターで上層階へ向かうと、そこは空港のロビーのように広い空間だった。


「うわっ、すげえ人だな。みんな探索者か?」


ロビーには、様々な装備に身を包んだ男女が行き交っている。

巨大な斧を担いだ筋肉ダルマや、全身に魔法陣の刺青を入れた怪しげな男。

どいつもこいつも強そうに見えるが……。


(……ん? なんだ、あいつら。足運びがバラバラだぞ。あっちの魔法使いっぽいのは、魔力の練り方が雑すぎる)


ダンジョンの深層で毎日死にかけていた俺から見ると、彼らの動きは隙だらけに見えた。

まるで、生まれたての子鹿が無理して立っているようだ。


「ええ、ここは日本中からトップクラスの探索者が集まる場所です。佐藤さん、そんなボロボロの格好でキョロキョロしないでください。目立ちます」


エレナが小声で注意してくる。

確かに、俺の原始人スタイルは、この洗練された空間では異質すぎた。

周囲からの視線が痛い。「なんだあの浮浪者」「なんで聖女様と一緒に?」というヒソヒソ声が聞こえてくる。


「さあ、こちらへ。特別にすぐに測定が受けられるよう手配しました」


エレナに案内されたのは、ガラス張りの広いトレーニングルームのような場所だった。

部屋の中央には、巨大なクリスタルのような機械と、鋼鉄製のサンドバッグが設置されている。


「これは……?」


「最新鋭の魔力測定器と、物理攻撃力測定器です。世界最高峰の技術で作られており、Sランク探索者の全力攻撃にも耐えられます」


白衣を着た研究員風の男が得意げに説明してくれた。

胸元には「測定主任」というプレートが付いている。


「へぇ、すごいな。ダンジョンにあった『試練の石碑』みたいなもんか」


「まずは魔力測定からです。このクリスタルに手を触れて、魔力を込めてください」


俺は言われた通り、クリスタルに手を置いた。

魔力、か。

あの変な爺さん(師匠)には、「お前の魔力は使い方が雑すぎる。呼吸するように自然に練り上げろ」と口酸っぱく言われていたっけ。


「ふぅー……すぅー……」


言われた通り、深呼吸をするように体内の気を練り上げる。

すると。


ピキッ。


「ん?」


クリスタルに小さな亀裂が入った。


「あ、あれ? 主任、数値が……エラー? 表示限界を超えています!」

「なんだと!? バカな、この測定器の上限は魔力値9999だぞ! それを超えるなど……!」


研究員たちが慌てふためく中、亀裂は蜘蛛の巣状に広がっていく。


「お、おい。これ、大丈夫なのか? なんか光り始めたぞ」


パリンッ!!!


次の瞬間、巨大なクリスタルは粉々に砕け散った。

飛び散った破片がキラキラと床に降り注ぐ。


「……あーあ。やっちまった」


俺は頭をかいた。

ちょっと力を込めただけなんだが。

最近の機械は脆いな。


「な、ななな、何をしたんですかあなた!? 一台数億円する最新鋭機が!」


測定主任が泡を吹いて倒れそうになっている。

エレナは額に手を当てて天を仰いでいた。


「……予想はしていましたが、まさか触れただけで破壊するとは。佐藤さん、魔力操作が雑すぎます」


「いや、師匠にもよく言われたんだよ。『お前の魔力は暴れ馬だ』って。手加減したつもりだったんだがなぁ」


気まずい空気が流れる中、エレナがため息をついて言った。


「……はぁ。もういいです。次は物理攻撃力の測定を。あのサンドバッグを全力で殴ってください」


「全力? 本当にいいのか? 壊しちまうぞ」


「大丈夫です! あれは特殊合金と衝撃吸収魔法で作られた特別製で、ドラゴンの突進でも傷一つつきません!」


研究員が半泣きで叫ぶ。

そうか、ドラゴンくらいなら大丈夫なのか。

なら、少しは本気を出してもいいかもしれないな。


俺は鋼鉄のサンドバッグの前に立った。

ひんやりとした金属の質感。

ダンジョンの深層で、硬い岩盤を砕いて道を作っていた時のことを思い出す。


「よし。いくぞ」


俺は軽く足を開き、右拳を腰に引いた。

呼吸を整える。


「せいっ!」


ドォォォォォォォォォンッ!!!!


再び、新宿の街を揺るがすような爆音が轟いた。

ギルドのビルの窓ガラスが衝撃でビリビリと震える。


俺の拳がめり込んだサンドバッグは――


くの字にひん曲がり、天井を突き破って、そのまま空の彼方へと消えていった。


天井にはぽっかりと青空が見える大穴が開いている。

パラパラと瓦礫が落ちてくる中、トレーニングルームは完全に沈黙した。


「……あ、あれ? またやっちまったか?」


俺は拳をさすりながら呟いた。

ドラゴンの突進でも大丈夫って言ってたのに。

やっぱり現代の基準は少し脆いのかもしれない。


振り返ると、研究員たちは全員腰を抜かして失神していた。

エレナだけが、魂が抜けたような顔で立ち尽くしている。


「……佐藤さん」


「ん、なんだ? お嬢ちゃん」


「あなた、やっぱり人間じゃありませんね? 野生の魔王か何かですか?」


エレナの瞳から光が消えていた。

どうやら、少しやりすぎてしまったらしい。


「いやぁ、久々に硬いものを殴れると思って、つい嬉しくなっちまってな。ははは」


俺が笑って誤魔化そうとした時。

破壊された天井の穴から、一人の男が降りてきた。


全身を真紅の鎧で固め、背中には巨大な大剣を背負っている。

見るからに強そうな、いかにも「現代のトップランカー」といった風貌の男だ。


「おいおい、何事だ? ギルドが襲撃でも受けたのかと思ったぜ」


男は瓦礫を踏みつけながら、鋭い視線を俺に向けた。


「……なんだ、この薄汚いおっさんは。ここはお前のような浮浪者が入ってきていい場所じゃねえぞ」


「あ、どうも。迷子の佐藤です。ちょっと測定器を壊しちまってな」


俺が軽く挨拶すると、男は鼻で笑った。


「測定器を壊した? ハッ、整備不良か何かだろう。……俺はSランク探索者、紅蓮のキョウヤだ。おい聖女、なんでこんな奴を連れ込んでる?」


キョウヤと呼ばれた男は、エレナに馴れ馴れしく話しかける。

エレナは嫌そうな顔で一歩下がった。


「キョウヤ、今は緊急事態なの。邪魔しないで」


「緊急事態? だからこんなゴミを拾ってきたのか? おいおっさん、ここは大人の遊び場じゃねえんだ。怪我しないうちに家に帰んな」


キョウヤが俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてくる。

その動きは、俺にはスローモーションのように見えた。


やれやれ。

現代に戻ってきても、絡んでくるチンピラは変わらないらしい。


俺はため息をつきながら、キョウヤの手を軽く払いのけた。


「悪いが、触らないでくれるか。この服、意外と貴重なんだ」


バチンッ!


軽い音とともに、キョウヤの手が弾かれる。

それだけで、キョウヤの体勢が大きく崩れ、よろめいた。


「な……っ!?」


キョウヤが驚愕の表情で俺を見る。

俺はただ、服の埃を払うように手を振っただけなのだが。


どうやら、この世界のSランクとやらは、俺が思っていたよりもずっと「軽い」らしい。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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