一月十二日【スイートアリッサム】

23

 花言葉は「優美」「美しさに勝る価値」「飛躍」


24

 その世界では、時間は流れるものではなく、「配られるもの」だった。


 人は生まれ落ちた瞬間に、砂時計をひとつ与えられる。砂が尽きれば命も尽きる。

 逆さにすることは許されない。


 誰もが平等に、与えられた時間の中で生きる



 それがこの世界の掟だった。



 街の外れ、時計塔の影に、小さな花畑がある。

 白く、控えめで、甘い香りを放つ花。

 スイートアリッサム。


 その花を世話しているのは、時守と呼ばれる少女、リン。


 彼女の砂時計だけは、奇妙なことに砂が落ちない。

 止まった時間を持つ者。

 世界にひとりだけ、時間から取り残された存在だった。



 人々は彼女を羨み、そして恐れた。



 「永遠は祝福か」

 「それとも罰か」



 答えを知る者はいない。


 ある日、リンはひとりの少年と出会う。

 彼の砂時計は、残りわずかだった。

 金色の砂が、音もなく底に溜まっていく。



 「怖くないの?」



 そう問うと、少年は微笑った。



 「怖いよ。でもね、この残された時間があるから、今が綺麗に見えるんだ」




 その言葉は、リンの胸に深く沈んだ。

 止まった時間の中では、何も失われない。

 けれど、何も飛び越えられない。


 別れの日、少年はリンに頼んだ。



 「君の花を、僕の時間に咲かせてほしい」



 彼が息を引き取った場所に、リンはスイートアリッサムを植えた。

 すると不思議なことに、止まっていた彼女の砂時計が、ほんのひと粒だけ、落ちた。


 その瞬間、リンは理解する。

 美しさとは、永遠ではない。

 限りがあるからこそ、価値が生まれ、想いは飛躍するのだと。


 リンは歩き出す。

 時間の外から、時間の中へ。


 小さな白い花が揺れる。

 それは、奪われなかった時間が、この世界に残した、優美な証だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る