一月十一日【蝋梅】
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花言葉は「奥ゆかしさ」「慈しみ」「先見」
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冬の終わり、町外れの古い家の庭に、蝋梅が咲いた。
黄色い花弁は蝋細工のように透け、強い香りを放ちながらも、決して主張しすぎない。
その家に住む小説家は、人から「心優しい人だ」とよく言われた。
だが彼自身は、その言葉を少しだけ苦手にしていた。
優しさは、褒められるものではなく、ただそう在るものだと信じていたからだ。
彼は流行作家ではなかった。
派手な物語も、刺激的な言葉も書かない。
誰かの日常の片隅にそっと置かれるような、小さな物語ばかりを書いていた。
編集者には、よくこう言われた。
「もっと強く」「もっと分かりやすく」
彼は笑って頷きながら、結局同じ文体で書き続けた。
ある日、読者から一通の手紙が届いた。
内容は短く、丁寧な字でこう綴られていた。
《あなたの物語を読むと、誰かに急かされなくていい気がします》
彼はその手紙を、机の引き出しにそっとしまった。
それだけで、十分だった。
原稿に行き詰まると、彼は庭に出る。
蝋梅の前に立ち、香りを胸いっぱいに吸い込む。
寒さの中で咲く花は、誰に見せるためでもなく、ただ季節を知って咲いている。
「急がなくていい」
蝋梅は、そう語りかけてくるようだった。
彼は思う。
先に咲くということは、先に目立つことではない。
誰も気づかなくても、必要な時に、必要な場所で咲くことなのだと。
夜、机に戻り、彼は静かに言葉を紡ぐ。
誰かを救おうとはしない。
ただ、寄り添うように書く。
冬の庭で、蝋梅は今日も香る。
その花のように、彼の物語もまた、
気づいた人の心にだけ、そっと届けばいい。
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