一月九日【ノースポール】
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花言葉は「清潔」「誠実」「輪廻転生」
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その白い花は、いつも同じ場所に咲いていた。
駅へ向かう坂道の途中、古いアパートの脇にある小さな花壇。
派手ではないが、汚れを知らないような白さを保っている。
彼女は毎朝、その前で一瞬だけ足を止める。
名前も知らない花だったが、理由もなく惹かれていた。
恋人を亡くしてから、三年が過ぎていた。
事故だった。
突然で、言葉を交わす余地すらなかった。
彼は誠実な人だった。
約束を守り、嘘を嫌い、感情を過剰に語らない。
その静かな在り方が、彼女にとっては何よりの安心だった。
彼を失ってから、彼女は誰とも深く関わらなくなった。
新しい愛を拒んでいるわけではない。
ただ、心が追いつかなかった。
ある春の日、花壇の前で見知らぬ青年が屈み込んでいた。
白い花を傷つけないよう、丁寧に雑草を抜いている。
「……その花、好きなんですか」
思わず声をかけていた。
「ええ。放っておくと、すぐ埋もれてしまうから」
青年はそう言って、少し照れたように笑った。
その笑顔が、胸の奥を微かに揺らした。
二人は、時々その場所で言葉を交わすようになった。
仕事のこと、天気のこと、名前のない話題。
深く踏み込むことはない。
彼女はある日、その花の名前を知る。
ノースポール。
花言葉に「輪廻転生」があると聞いたとき、なぜか涙がこぼれた。
終わりは、本当に終わりなのだろうか。
愛は、一度きりなのだろうか。
青年は、彼女の過去を詮索しなかった。
急かさず、慰めず、ただそこにいた。
それが、かつての恋人とよく似ていた。
ある夕暮れ、彼女はぽつりと告げた。
「……大切な人を、亡くしたんです」
青年は黙って頷いた。
「それでも、こうして花は咲きますね」
白い花は、今日も変わらず風に揺れている。
清潔で、誠実で、誰かの記憶を抱いたまま。
彼女は思う。
愛は生まれ変わるのではない。
形を変えて、受け継がれていくのだと。
過去を否定せず、新しい温もりを拒まない。
それもまた、誠実な愛の形だ。
ノースポールの白は、何も隠さない。
ただ静かに、次の季節へとつないでいく。
彼女は花に小さく微笑み、青年と並んで坂道を下った。
その背中を、白い花が見送っていた。
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