一月五日【ミスミソウ】

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 花言葉は「自信」「はにかみ屋」



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 雪と魔力に閉ざされた国で、ミスミソウは【約束の花】と呼ばれていた。


 春を呼ぶ力を持ち、その花を目にした者に祝福と代償をもたらすと。



 エリスはその花を守る精霊だった。

 小さな身体、淡く揺れる羽、そして臆病な性格。


 それでも彼女の胸には、誰よりも強い誇りがあった。


 その花を枯らさないこと。


 それこそが、自分の存在意義だと信じていたから。



 ある日、雪原を越えて一人の青年が現れた。


 青年の名はリオ。

 王都から追放された魔導士で、呪われた故郷に春を取り戻すため、ミスミソウを探していた。



「……君は、この花を守っているのかい?」



 エリスは頷けなかった。

 自分の役目を理解しているからこそ、その問いに答えることがどういうことなのかを知っていた。

 そして、彼女は人と話すことが苦手だった。



 それでもリオは、毎日のように花の前に座り、エリスに話しかけた。

 楽しかった冒険の話。

 自身の失敗談。

 仲間を失った過去。

 どうしても叶えたい願い。


 外の世界を知らないエリスにとって、リオの話は不思議と心に染み込んだ。


 エリスがリオの前に姿を現し、震える口で精一杯声を紡ぐ。



「は、花を摘んだら……あなたは、た、大切なものを失っちゃうよ」



 リオは、迷わず頷いて、優しく微笑んだ。



「いいんだ。僕が誰かの春になれるのなら」



 彼は、花に触れた。

 その瞬間、世界は冬を過去にし、春を迎える。


 国中を覆っていた雪は溶け、温かい陽の光が降り注ぐ。



 ミスミソウは、細かな光の粒子となって風に流されていく。


 リオの前に、エリスの姿はもうなかった。


 春が訪れ、人々は笑顔を取り戻した。

 しかし、リオのことを覚えている者は誰一人としていない。


 リオは、エリスと初めて会った場所に腰掛け、穏やかな顔で空を仰いだ。


 居場所を失い、自分と世界との繋がりさえも失った。

 それでも、後悔はない。


 ミスミソウは、今日もどこか雪の降る場所に花を咲かす。

 ほんの少し臆病な精霊を携えて。

 誰にも知られることのない想いを静かに抱いたまま。

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