一月四日【福寿草】
07
花言葉は「幸せを招く」「永久の幸福」
08
駅前から伸びるその商店街は、もう長い間寂れ慣れた場所だった。
シャッターを下ろした店ばかりが目立ち、看板の文字も色褪せている。
昼間だというのに、人影はまばらだった。
それでも、八百屋や惣菜屋、時計の修理屋などが数件だけ、細々と灯りを守っている。
そんな商店街の端に、小さな花屋があった。
店主は腰の曲がった老女で、店の前にいつも小さな鉢植えを並べている。
季節の花よりも、彼女が大切にしている花ばかりが店の前で揺れていた。
「この花が咲くとね、いいことがあるんだよ」
通りがかる顔見知りに声をかけては、老女は笑ってそう言っていた。
しかし、寂れた場所で、ゆっくりと時間を使う者は多くなかった。
その商店街を、毎朝同じ時間に通る少年がいた。
学校へ向かう途中、ランドセルを背負い、必ず花屋の前で足を止める。
「ばあちゃん、おはよう」
「おはよう、今日も寒いねぇ」
それだけの短いやり取り。
少年は母子家庭で、朝はいつも慌ただしい。
ここで交わす数秒の会話が、少年にとっては心を落ち着かせてくれる時間だったのかもしれない。
ある冬の終わり。
商店街に一枚の張り紙が出た。
––再開発に伴い、三月末をもって閉鎖。
花屋も当然例外ではない。
老女は、その張り紙を見ても、花たちの世話をやめなかった。
凍った土を指でほぐし、静かに水を与える。
「ここがなくなっても、花は咲くからね」
そして、春が来た。
まだ冷たい風の吹く朝、福寿草は小さな黄金色の花を開かせた。
その日、少年はいつもより早く家を出た。
ランドセルの中には、クラス全員から集めた想いが小さな封筒にたくさん詰まっている。
「ばあちゃん! これっ!」
少年が差し出してきたものを見て、老女は目を丸くした。
中には、子どもたちの字で書かれた手紙と、わずかなお金。
《商店街がなくなっても、花屋さんを続けて欲しいです》
《たくさんのお花がいつもきれいでした》
《ここにくると、あったかくなります》
老女はしばらく黙り込み、やがて声を震わせて言った。
「やっぱり、いいことあったねぇ」
数週間後、商店街は静かに幕を下ろした。
けれど、春のある日、駅近くの小さな空き店舗に花屋が開いた。
店先には、黄金色の福寿草が置かれている。
通学路が変わっても、少年は遠回りして店に立ち寄っている。
今日も、たくさんの花の甘い香りがする。
幸せを招く花は、奇跡を起こすわけではない。
人の心をほんの少しだけ温め、その背を優しく押してくれるだけ。
それでも、その黄金色の花は誰かの明日を照らしている。
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