【三】性的結合から産まれる

 神々が交わり、子を産む。


 これは神の誕生として最も「自然」に見える類型である。人間が子を作るのと同じように、神々もまた性的結合によって次世代を生み出す。父がいて、母がいて、その交わりから子が生まれる。私たちにとって馴染み深い生殖の論理が、神話の世界にも適用されている。


 しかし、「自然」に見えるからといって、単純なわけではない。


 神話における性的結合は、しばしば複雑な意味を担っている。誰が誰と交わるのか。どのような順序で子が生まれるのか。交わりの前に何があり、後に何が起こるのか。これらの細部に、それぞれの文化の世界観が刻み込まれている。


    ◇ ◇ ◇


 ギリシャ神話では、性的結合による神の誕生は、世界の第二段階から始まる。


 【一】で見たように、ヘシオドスの『神統記』では、最初にカオス(虚空)があり、次にガイア(大地)、タルタロス(冥界)、エロス(愛・欲望)が「生じた」。これらは誰にも生まれたのではなく、ただ「現れた」のである。


 ガイアは最初、単独で子を産んだ。『神統記』は明確に「甘い愛の交わりなくして」と記している。ガイアはウラノス(天空)を産み、山々を産み、ポントス(海)を産んだ。性的結合なしに、母だけで子を生んだのである。


 性的結合が始まるのは、その次の段階である。


 ガイアは自らが産んだウラノスと交わり、十二人のティターン神族を産んだ。息子と母の結合——現代の倫理観からすれば近親相姦だが、神話においてはこれが世界を展開させる原動力となる。


 ティターン神族には、オケアノス(大洋)、コイオス、クレイオス、ヒュペリオン、イアペトス、クロノス(時間)、テイア、レア、テミス(掟)、ムネモシュネ(記憶)、ポイベ、テテュスが含まれる。彼らは自然現象や抽象概念の神格化であり、性的結合によって世界の多様性が生まれたことを示している。


 ガイアとウラノスはさらに、三人のキュクロプス(一つ目の巨人)と三人のヘカトンケイル(百手の巨人)を産んだ。しかしウラノスは彼らを醜いと嫌い、ガイアの胎内に押し戻して閉じ込めた。


 苦しんだガイアは末子クロノスをそそのかし、ウラノスの性器を鎌で切り落とさせた。切り落とされた性器は海に投げ込まれ、その周囲にできた泡(アフロス)から、アフロディーテ(愛と美の女神)が誕生した。


 暴力と切断から美の女神が生まれる。これは【五】で論じる「神殺し・犠牲から生じる」類型との接点である。ギリシャ神話は、性的結合と暴力的切断を組み合わせて、神々の誕生を語っている。


    ◇ ◇ ◇


 クロノスは父ウラノスから支配権を奪い、姉妹のレアと結婚した。二人の間には、ヘスティア、デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドン、ゼウスが生まれた。


 しかしクロノスは、自分もまた子によって倒されるという予言を恐れ、生まれてくる子を次々と呑み込んだ。レアは末子ゼウスだけを隠し、代わりに産着に包んだ石をクロノスに呑み込ませた。


 成長したゼウスは父クロノスに薬を飲ませ、呑み込まれた兄姉たちを吐き出させた。そしてティターン神族との戦い(ティタノマキア)に勝利し、オリンポスの支配者となった。


 ゼウスは多くの女神や人間の女性と交わり、膨大な数の子をもうけた。アテナ、アポロン、アルテミス、ヘルメス、ディオニュソス、ペルセポネ、ヘラクレス、ペルセウス……ギリシャ神話の主要な神々や英雄の多くは、ゼウスの子である。


 ゼウスの性的放縦は、しばしば正妻ヘラの嫉妬を招き、多くの悲劇の原因となった。しかし神話の論理としては、ゼウスの多産は世界の豊かさと多様性を表現している。最高神が多くの子を産むことで、世界は神々と英雄で満たされていくのである。


    ◇ ◇ ◇


 ギリシャ神話における性的結合の特徴は、「単独出産から性的結合への移行」である。


 世界の最初期、ガイアは単独で子を産んだ。性別の分化がまだ明確でない段階では、母だけで生殖が可能だった。しかし世界が分化し、秩序が形成されていくにつれ、性的結合が必要になる。


 これは「未分化から分化へ」「一から多へ」という宇宙論的プロセスを、生殖の様式の変化として表現したものだろう。最初は一者から多が生じ、やがて二者の結合から多が生じるようになる。性的結合の導入は、世界の複雑化を意味している。


 また、性的結合と同時に「争い」も世界に入ってくる。ウラノスとガイアの間には緊張があり、クロノスは父を去勢し、ゼウスは父を打倒する。性的結合は生殖をもたらすが、同時に世代間の闘争をも引き起こす。ギリシャ神話は、創造と破壊、愛と暴力を不可分のものとして描いている。


    ◇ ◇ ◇


 メソポタミアの『エヌマ・エリシュ』では、性的結合は水の混合として表現される。


 太古、淡水のアプスーと海水のティアマトが存在していた。二つの水が「混じり合う」ことで、最初の神々——ラフムとラハム——が生まれた。


 「混じり合う」という表現は、性的結合の隠喩と解釈されている。淡水と海水という二つの要素が一つになり、そこから新しい存在が生まれる。これは精子と卵子の結合、あるいはより原初的な生殖のイメージを反映しているのかもしれない。


 ラフムとラハムからアンシャルとキシャルが生まれ、アンシャルからアヌ(天空神)が生まれ、アヌからエア(知恵の神)が生まれた。世代を重ねるごとに、神々は力を増し、騒がしくなっていった。


 この騒がしさを嫌ったアプスーは、若い神々を殺そうとした。しかしエアがアプスーを殺し、その遺体の上に自らの神殿を建てた。そこでエアの息子マルドゥクが生まれた。


 ティアマトは夫アプスーの死に怒り、怪物の軍勢を率いて若い神々に戦いを挑んだ。マルドゥクがティアマトを倒し、その遺体を二つに割いて天と地を作った。


 メソポタミア神話における性的結合は、水の混合という形で始まり、やがて世代間の闘争へと発展する。最終的には母神ティアマトの殺害と解体によって世界が形成される。ここでも、性的結合と暴力は不可分に結びついている。


    ◇ ◇ ◇


 北欧神話では、性的結合による神の誕生は、原初の巨人ユミルの後に始まる。


 【四】で詳しく論じるが、ユミルは両性具有の存在であり、単独で子を産んだ。彼の脇の下から男女の霜の巨人が生まれ、両足を擦り合わせると六つの頭を持つ巨人が生まれた。


 一方、原初の雌牛アウズンブラが氷を舐めていると、そこからブーリという神が現れた。ブーリの子ボルは、巨人の娘ベストラと結婚し、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三兄弟を産んだ。


 これが北欧神話における最初の「正式な」性的結合による出産である。神と巨人の結合から、主神オーディンが生まれた。


 オーディン三兄弟はユミルを殺し、その遺体から世界を作った。その後、オーディンは様々な女神や巨人の娘と交わり、多くの子をもうけた。トール(雷神)、バルドル(光の神)、ヘルモーズ、ヴァーリなどがオーディンの子である。


 北欧神話の興味深い点は、神々と巨人が頻繁に通婚することである。オーディンの母は巨人の娘であり、トールの母もまた巨人族の女性ヨルズ(大地)である。神々と巨人は敵対関係にありながら、血縁関係でも結ばれている。この複雑な関係が、北欧神話に独特の緊張感を与えている。


    ◇ ◇ ◇


 ポリネシアのマオリ神話には、性的結合と分離を組み合わせた独特の創世譚がある。


 太古、天父ランギ(天空)と地母パパ(大地)は固く抱き合っていた。二人の間には子どもたちがいたが、両親が離れないため、子どもたちは暗闇の中に閉じ込められていた。


 子どもたちは相談し、両親を引き離すことを決めた。戦いの神トゥが両親を殺そうと提案したが、森の神タネが反対した。タネは自分の背中で父ランギを押し上げ、両親を引き離した。


 光が世界に差し込んだ。しかしランギは離別を悲しみ、その涙が雨となって地上に降り注いだ。パパのため息は朝霧となった。


 この神話では、性的結合——両親の抱擁——が世界の始まりにある。しかし創造が完成するためには、その結合が解かれなければならない。分離によって光と空間が生まれ、子どもたちは自由に動けるようになる。


 性的結合の「逆」、すなわち分離が創造をもたらすという構造は、ギリシャのウラノスとガイアの分離(去勢による)とも共鳴する。結合と分離、統一と分化は、創造の二つの契機なのである。


    ◇ ◇ ◇


 中国神話には、兄妹神の結婚という特異なモチーフがある。


 伏羲ふくぎ女媧じょかは兄妹であり、しばしば蛇身人首の姿で、尾を絡み合わせた姿で描かれる。彼らは大洪水を生き延びた唯一の人間であり、人類を絶やさないために結婚した。


 女媧は黄土をこねて人間を作ったとも、伏羲との間に子をもうけて人類の祖となったともいわれる。いずれにせよ、兄妹の結合が人類の起源となっている。


 兄妹婚は多くの文化でタブーとされるが、神話においてはしばしば「最初の結婚」として登場する。世界の始まりには、結婚相手となりうる存在が他にいないからである。日本神話のイザナギとイザナミも、兄妹神として解釈されることがある。


    ◇ ◇ ◇


 ■日本の場合:国生み・神生み


 日本神話における性的結合は、イザナギとイザナミの「国生み」と「神生み」として語られる。


 別天津神ことあまつかみが成った後、神世七代の最後にイザナギ(伊邪那岐命)とイザナミ(伊邪那美命)が現れた。彼らは対偶神——男女一対の神——であり、それまでの独神とは異なる存在だった。


 天津神たちはイザナギとイザナミに、「この漂える国を修理固成つくりかためなせ」と命じ、天沼矛あめのぬぼこを授けた。二神は天浮橋あめのうきはしに立ち、矛を下ろして混沌をかき回した。矛を引き上げると、滴り落ちた塩が凝り固まって、オノゴロ島となった。


 二神はオノゴロ島に降り立ち、天御柱あめのみはしら八尋殿やひろどのを建てた。そして結婚の儀式を行った。


 『古事記』はこの儀式を詳細に描写している。


 二神は天御柱を回り、出会ったところで声をかけ合った。イザナミが先に「あなにやし、えをとこを」(なんと素敵な男性でしょう)と言い、イザナギが「あなにやし、えをとめを」(なんと素敵な女性でしょう)と応えた。


 そして「みとのまぐはひ」——性的結合——を行った。


 しかし、最初に生まれた子は蛭子ひるこだった。骨のない、不完全な子だった。二神は蛭子を葦船に乗せて流した。次に生まれた淡島も、子の数に入れなかった。


 困った二神は天津神に相談した。天津神は占いを行い、「女が先に声をかけたのがよくなかった。帰って改めてやり直せ」と告げた。


 二神は島に戻り、今度はイザナギが先に声をかけた。「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」。そうして再び交わると、今度は淡路島が生まれた。


    ◇ ◇ ◇


 ここで注目すべきは、イザナギとイザナミが「国土」を産んでいるという点である。


 世界の多くの神話では、性的結合によって生まれるのは神々である。国土や世界そのものは、別の方法——原初の巨人の解体、神の言葉による創造、宇宙卵の孵化——によって形成される。


 しかし日本神話では、イザナギとイザナミは性的結合によって島々を「産む」。淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州……日本列島を構成する島々は、二神の交わりから生まれた子なのである。


 これは「国生み」と呼ばれ、世界的に見ても珍しい神話構造である。大地が「生まれる」のではなく「産まれる」。母の胎内から出てくるように、島々が誕生する。国土は神々の体の延長であり、神々の生殖行為の産物なのである。


    ◇ ◇ ◇


 国生みの後、イザナギとイザナミは「神生み」を行った。


 まず家宅に関わる神々——大事忍男神オオコトオシオノカミ石土毘古神イワツチビコノカミ石巣比売神イワスヒメノカミなど——が生まれた。続いて海の神、風の神、木の神、山の神、野の神など、自然を司る神々が次々と生まれた。


 最後に生まれたのが、火之迦具土神ヒノカグツチノカミ——火の神である。


 イザナミは火の神を産んだとき、陰部を焼かれて病に倒れた。苦しみの中でも、彼女の嘔吐物、糞、尿から神々が生まれた。そしてイザナミは死んだ。


 日本神話における性的結合は、国土と神々という二重の創造をもたらした。しかしその創造の終わりには、死が待っていた。火の神を産むことで、母神イザナミは命を落とす。生と死は、同じ生殖行為の中に含まれていた。


    ◇ ◇ ◇


 日本神話の性的結合には、いくつかの特異な点がある。


 第一に、「正しいやり方」が存在することである。


 女が先に声をかけると失敗し、男が先に声をかけると成功する。この規範は、当時の社会における男女の序列を反映しているとも解釈できる。しかしより重要なのは、性的結合に「正しい手順」があるという発想そのものである。


 世界の神話を見渡しても、「交わり方の間違いで失敗作が生まれる」という話は珍しい。ギリシャのゼウスは様々な相手と様々な方法で交わるが、手順の間違いで子が不具になるという話はない。日本神話は、性的結合を儀礼化し、規範化している。


 第二に、「失敗作を流す」という対応である。


 蛭子と淡島は葦船に乗せて流された。これは間引きや棄児の習俗を反映しているとも言われる。不完全な子を流すという行為は残酷に見えるが、神話の論理としては、不完全なものは世界の秩序に含まれないということを示している。


 第三に、「国土を産む」という発想である。


 先に述べたように、これは世界的に見て珍しい。多くの神話では、国土や大地は神々の体の一部(巨人解体型)か、神々の活動の場として最初から存在するか、神の言葉や行為によって形成される。日本神話のように、国土そのものが「生まれる」「産まれる」という発想は独特である。


 この発想は、日本人の国土観と関係があるかもしれない。日本列島は神々の子であり、神々と血縁関係にある。天皇は神の子孫であり、国土もまた神の子孫である。天皇と国土は、ともにイザナギ・イザナミに連なる存在なのである。


    ◇ ◇ ◇


 イザナミの死後、物語は【五】と【六】で論じる類型へと展開していく。


 怒ったイザナギは火之迦具土神を斬り殺し、その血と遺体から多くの神々が生まれた(神殺しから生じる)。


 イザナギは黄泉国へイザナミを迎えに行くが、腐敗した妻の姿を見て逃げ帰り、穢れを祓うために禊を行った。その禊から、さらに多くの神々が生まれ、最後にアマテラス、ツクヨミ、スサノオの三貴子が誕生した(身体から現れる)。


 日本神話は、性的結合を出発点としながら、神殺しや禊へと連続的に展開していく。複数の類型が有機的に結びつき、一つの物語を形成している。イザナギとイザナミの神話は、日本神話の中核であり、そこから他のすべてが展開していくのである。


    ◇ ◇ ◇


 性的結合から神が生まれるという類型は、最も「自然」に見えながら、実は多くの文化的意味を担っている。


 ギリシャでは、単独出産から性的結合への移行が世界の分化を表現する。メソポタミアでは、水の混合が生殖の隠喩となる。北欧では、神々と巨人の通婚が世界の複雑さを示す。ポリネシアでは、結合の解消が光をもたらす。


 日本では、性的結合が国土と神々の両方を生み出す。そしてその結末には死があり、死から新たな創造が始まる。


 性的結合は生命の起源であると同時に、死への入口でもある。多くの神話が、この両義性を語っている。

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