その3


 フランシスはサンドイッチにかぶりつく。

 意外と大きなくちで噛みきり、咀嚼したのちに嚥下するのを見守るなか、彼は頷いた。


「旨いな」

「それはよかったです。やっぱり体を動かすひとは味の濃いものを好みますよねえ」

「その傾向はあるな」

「ちょっと日が経っているので余計に味が浸透していて。残りの細かいやつはスクランブルエッグの味つけにするか、ライスと混ぜて炒めるか、どっちにしようか迷っているところです」


 自室の保冷庫に残っている肉の欠片を思い出しながら、エルーシャは言う。今晩のメニューどうしよう。


「――待て。もしやこれは君が作ったのか?」

「パンは買ってますよ」


 作れなくはないだろうが、手間と時間を考えると、買ったほうが安くつく。独り暮らしなんてそんなものだ。


「そういえば女性寮は、女性騎士にしか解放されていないのだったか」

「はい。わたしはメイドとして雇われているので対象外ですね」

「他のメイドたちは――、そうか、貴族令嬢は自身のタウンハウスから通っているし、平民も通いだな」

「ですから、王都に部屋を借りてます。お城の文官さんが仲介して、社宅扱いにしてくれてます」


 再雇用年齢のおじいちゃん文官は、出稼ぎに来ているエルーシャに同情的で、「寮に入れてあげられなくてすまんのう」と言い、親身になって住まいを探してくれたのだ。

 家賃は給与天引で、自分で払いに行かなくてもいいようになっている。不動産屋は、若い娘を下に見てくることが多いので、そういう仕様にしてくれたらしい。


「大変だな」

「でも、平民ならわたしぐらいの年齢で働くのも普通ですし。王宮だけあってお給料の滞納もなく、安定して仕送りができています。節約もしてますしね。あ、こんなしょぼいサンドイッチで本当にすみません」

「なにを言う。立派なものだ。俺は料理は得意ではないんだ。野営のときも、味付けはしなくていいから火が消えないかだけ見ていろと、いつも言われていた」


 伯爵家のご子息なのだから、それで十分な気もするが、ひたすら申し訳なさそうな顔をするフランシスがおもしろい。他人を思いやって行動ができる、いいひとだ。下っ端メイドにもこうして声をかけ、褒めてくれる。上司として申し分ないじゃないか。


 褒められたことで気分を良くし、エルーシャはスープも分けてあげる。今朝も飲んできたし、いつも同じようなものを作っているので、惜しいものでもない。

 フランシスは笑みを浮かべて受け取ってくれ、水筒の中身をすべて空けてくれた。


「ありがとう、君は命の恩人だ」

「そんな大袈裟な」

「ボリュームがあって食べ応えのあるものだったので、本当に助かった。ひさしぶりに『食べた』という気持ちで食べ終えることができて嬉しい」


 ものすごく満足顔で言われて、彼の本当の気持ちなのだろうと伝わった。

 ここまで言われて卑下するのも逆に失礼に当たると思い、エルーシャは軽く礼を執った。


「わたしも楽しかったです。独り暮らしですし、昼食はいつもこうしてこっそり食べていることもあり、誰かと一緒に食事をするという行為がひさしぶりでしたから」

「身勝手なことを言うのだが」

「なんでしょう」

「君の昼食をこれからも分けてくれないだろうか」

「――は?」

「いや、代金は支払う。食い逃げなんてしない」


 そういう問題ではない。

 エルーシャは料理人でもなんでもない、ただのメイドだ。自分で食べるのには困らない程度のものを作っているだけであって、他人に食べさせる前提では考えていない。

 そんな素人が、伯爵家のご子息に手料理を振る舞う?


(ムリムリムリムリ)


 そんなバカな、である。

 手を振って辞退しようとするエルーシャの両手を捕まえて引き寄せ、フランシスが身を乗り出す。


「難しく考えなくていいんだ。今日のように、君が自分で食べようと思うものでかまわない。俺は貴族とはいえ地方で平民と一緒に寮暮らしをしていた。味覚はわりとそちらに寄っていると思う」

「たしかにさっき言っていたのは、わりとジャンクフードだなって思いましたけども」

「そういった類のものを欲する心があるんだ」

「でしたら買ってきましょうか?」

「既製品には飽きた」


 意外と我儘だった。

 こんなところは高位貴族らしい傲慢さが垣間見える。


「さっきの肉が旨かったんだ」

「安い細切れ肉ですけど!?」


 しかも魔物肉。たぶん貴族は敬遠する類のもの。

 ブランド化してもてはやされている家畜の牛や豚と大差ないほどの肉質だが、魔物というだけで価値が下がるのは否めない。平民にとっては「旨いうえに安い」ので大助かりだが。

 エルーシャはそんな肉の中でも加工後の端切れを集めた訳アリ商品を購入している。お値段がさらに安いので、お財布に優しい。


「魔物肉に抵抗はないぞ。地方の騎士団に所属していたと言っただろう」

「あー、訓練で狩って食べるんですね」


 話には聞いたことがある。自給自足。食料調達も訓練の一環らしい。

 あるものを駆使して、そのなかでおいしく食べられるもの、という考えは好きだ。わりと楽しいとさえ思う。出稼ぎと称して王都に出て独りで暮らし始めて、そういったことに目覚めた。

 弟の学費を稼ぎたいのはたしかだけれど、それはそれとして、節約術が楽しくなってしまった。お金は大事なのだ。

 そう、つまり。


(団長さんの分も作るとなれば、わたしの食材管理が狂ってしまうじゃない。だってこのひと、めちゃくちゃ食べそうだしー)


 渋るエルーシャにフランシスが言った。


「メニューに口出しもしない。君が試してみたいものを作ってくれたら、それでいいから。使う食材の代金は俺が持つ。手間賃を含めて支払おう」

「わかりました、お受けいたします」


 反射的に言葉がくちをついて出てしまった。

 仕方がない。

 お金は大事だった。



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【短編版】出稼ぎ令嬢が騎士団長のお弁当係になった訳 彩瀬あいり @ayase24

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