第3話:レンガを剥がして隕石を落とせ!

「どけどけどけえええええ! 死にてぇのかバカヤロウーーッッ」


 黄金のレンガ道を、時速二百キロの猛速で駆け抜ける。


 背後からは、記憶力三歩ののじゃロリ賢者ミネルヴァと、計算機じみた効率厨騎士モリーを載せた、多脚ハウスが「ガシャンドドドン!」と不気味な地響きを立てて追走してきた。


 ブーツの火花が周囲の草木を焼き、俺の視界は加速の余波で歪みきっている。

 脳裏に浮かぶのは、「エッチな猫耳メイドフォルダを」発見してしまう妹・小春の姿だ。

 それだけは断固として、宇宙が滅びても阻止しなければならない。


「おお、これはなかなかの絶景じゃ。ところでドロシーよ、儂たちは今、何から逃げておるのじゃったか?」


「逃げてねえよ! 猛烈な勢いで目的地に向かってるんだよ! 三歩歩く前に忘れるなッ!」


「む。そうであったか。お主の顔を見るのもこれが初めてな気がするのう。初めましてじゃな、儂はミネルヴァ。大賢者じゃ」


「もう五十回以上自己紹介してるだろ! その高そうな賢者の杖は飾りか!」


「手間を省くため、ドロシーの顔面に『私はドロシーです』とタトゥーを入れることを提案する」


「恐ろしい提案をするな! メメントかっつーの! 効率の意味が完全に狂ってるぞお前!」


 俺の叫びをかき消すように、前方の黄金の道が黒く塗りつぶされた。

 そこに陣取っていたのは、醜悪な容姿をしたオークの軍勢だった。

 その数、およそ五十。


 彼らは「東の魔女」の残党であり、重税を強いる徴税官たちの私兵だ。

 先頭に立つ巨大なオークが、血に飢えた笑みを浮かべて斧を振り上げた。


『【イベント検知】:敵対勢力を発見。強制ブレーキを開始します』


「げぇっ、またこの慣性地獄かよッ!!」


 キュォォォォォォォンッ!!


 鼓膜を劈く摩擦音とともに、銀のブーツが一点停止した。

 俺の体は放り出され、地面を三回転してオークの隊長の目の前で止まった。


 さらに多脚ハウスが「ガシャン!」と俺の背後に急停車し、その衝撃でモリーとミネルヴァが玄関から転がり出てきた。


「ぐふっ……。おいライマン! このブレーキの仕様、欠陥品だろ!」


「ドロシーよ、この緑色の豚どもは何じゃ? 妾の新しい下僕か?」


「敵だよ! 見ろよあの殺意に満ちた斧を!」


「排除対象と認定。これより、最も効率的な殲滅行動のために罠の作成を開始する」


 さすが効率厨。これなら五十体のオーク相手でも大丈夫そうだ。


「……想定作業時間、二百四十時間。地形の整地から、毒ガスの調合、および遺体の埋葬許可証の発行まで含めだな」


「あほかーーッッ! 二百四十時間の間に殺されちゃうだろーーッッ」


 オークの隊長が咆哮し、一斉に襲いかかってきた。

 その時、ミネルヴァが杖を構える。周囲に魔力が渦巻いた。


「おお! さすが大賢者! いけーーッッ オークどもを蹴散らせ!」


「……魔法の詠唱……なんじゃったかのう。忘れてしまった」


「だめだこりゃーーッッ!」



 絶体絶命。

 逃げるためにこの『黄金のレンガ道』から外れれば、隕石が俺を直撃する。

 道の上で戦えば、数に押し潰される。


 俺の視線が、足元の「黄金のレンガ」に釘付けになった。

 転生神ライマンの身勝手な言葉が蘇る。


『道から外れると隕石が降る』


 ならば、道そのものを動かせばどうなる。


「……これだ! モリー、ミネルヴァ! 隠れてろ!」


「ドロシー、何をする気じゃ? 儂は今、お主の性別すら忘れかけておるぞ」


「いいから見てろ! これぞシステムの穴、ハッキングだ!」


 俺は銀のブーツの出力を逆噴射させた。

 凄まじい脚力で地面を蹴り、黄金のレンガを力任せに剥ぎ取る。

 剥き出しになった大地の土が舞う中、俺はその重たいレンガをオークの集団のど真ん中へ向かって投擲した。


「喰らえ! 即席・道から外れた黄金のレンガ道だ!」


 回転しながら飛んでいくレンガ。

 それがオークの隊長の足元に着弾した瞬間、世界の法則が軋みを上げた。

 「道から外れた道」が設置されたことで、システムが致命的なエラーを引き起こした。


 上空の雲が真っ赤に染まり、巨大な火の玉が高速で落下してきた。


「ぎ、ギェェェェ!?」


 ドガァァァァァァァンッ!!

 凄まじい衝撃波が吹き荒れた。


 レンガが落ちた地点を中心に、空から降り注いだ『隕石』がオークの軍勢を一人残らず消し飛ばした。

 爆煙が晴れた後には、巨大なクレーターと、その中心で「道」として機能を失った小さなレンガの破片だけが残されていた。


「……驚きました。隕石を直接誘導するとは。私の二百四十時間の計画より、零点三パーセントほど効率的です」


「お前の計算がおかしいんだよ! どんだけその無駄な計画に自信があったんだ!」


「おお、ドロシー。何をする気じゃ」


「もうやった後だよ! もういい、説明は省く! 敵はいなくなった、走行再開だ!」


 俺はミネルヴァを多脚ハウスの縁に放り込んだ。

 銀のブーツが再び脈打ち、目的地である王都オズへの座標を固定した。


『【イベント完了】:戦闘終了。走行を再開します。加速……最大』


「うおおおおおッ! 行けえええええ!」


 俺は再び、火花を散らして爆走を開始した。

 足元の黄金のレンガが高速で後ろへと流れていく。

「待ってろよ、猫耳メイドフォルダ! お前を守るために絶対帰ってやる!」


 俺の絶叫とともに、多脚ハウスが空気を切り裂く。

 王都までの道のりはまだ半分。


 俺の社会的尊厳を守るためのタイムアタックは、さらなる狂気を帯びて加速していく。


(完)



――

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