第四章:端島

 


 脳を震わせる血液の振動と共に、自我が蘇る。

 コルチゾールストレスの血中濃度が一気に高くなる。その後をドーパミン快楽が、追いかけてくる。


『マリアが、私の一番弱いところに噛み付いてきたわ』


 突然、マルタが直接語りかけてきた。

「それは、どこ? 」

 おもわず俺は問いかけてしまった。

『レディーに、恥ずかしい言葉を使わせるの? ダンディーではないわね』

「……」

『内臓の出口よ』

「レディーは、即物的な表現を好むのかね? 」

 こんな事態なのに、軽口を叩ける俺は、立派なダンディーなのだろう。


 気まずい沈黙を破るために、俺は話題を本題に戻した。

「なぜマリアがレディーマルタを襲うのだい? 」

『……あなたの脳だけに酸素を与えて集中力を取り戻してあげたのに、あなた、まだ自分の指命を全て再認識していないの? 呆れた。

 ……

 エラーコードの後ろに何か書いてあったでしょう。それを念じてみて』


――


 言われたとおりにすると、認識野空間が広がった。まるでアドレスの最上位ビットに、初めてアクセスできたように。


『ヒト再生連合:指令

 戦略STRATEGY

 ・脳共棲牧場で惰眠を貪っているヒトを覚醒させ、身体モノを取り戻すように仕向ける。

 ・フリーマンはマルタの内側から共棲しているヒトたちの意志を取りまとめる。

 ・マリアはマルタの外側から攻撃することで、ヒトの身体を保存している端島へとマルタを追い立てる。

 ・端島にたどり着いたら、我々、ヒト再生連合の別働隊がマルタの中からヒトを取り出し、端島の地下千メートルでAIが管理している身体に戻して、する』


――これがKEY1が掛かっていた情報か!


『再認識したかしら。

 アンドロイドマキナマルタは、先の世界大戦の後すぐに企画されたで、未来に起こり得る事例を綿密にシミュレーションした。実際に、この三百年に渡って発生した紛争は、予測された物語ナラティブのどれかに当てはまった。

 今回もあなた達、に勝利は訪れない。あなたの覚醒が遅れたことで、潜入捜査官あなたイルカマリアの連携に破綻をきたしたのが原因』


――ぅん? 俺が悪いのか?!


『覚醒が遅れたのは、血液も、栄養素も、ホルモン物質も、私と共有したことにより、わたしとの同化が進んだから。もう、あなたは私であり、私はあなたでもある』


 

 突然、クジラ全体に鈍い振動が伝わる。

 マルタの意識はそちらに向かったようで、マルタの言葉が途絶えてしまう。話をもっと続けなければ……

「なぜ鍵まで掛けた情報を、俺に再認識させる? 」 ああ、カッコ悪い質問だ。

 少しの沈黙のあと、マルタの意志が熱い血液となって俺に届いた。


『あなただけは、助けたいと思っているの』


 マルタの思わぬ言葉に、

「マルタ、君は側なのに、側の俺を助けようとするのだ? 助けてくれることは嬉しいが、何故? 」 さらにカッコ悪さの上塗だ。


『あなたの指命を遂げさせてあげたい、という想いが私の中にある……

 にいたとき、あなたと恋人だった世界の私が……

 その世界でのあなたは、コト身体モノの触媒はゴーストだから、脳と身体を分離してはいけない、と主張して活動していたわ。過去も現在も未来も。

 だからも、ここで終わってはいけない……


 脳共棲しているヒトは、吸収しやすいように腸の周りに埋め込んである。あなたは特別だから盲腸特別室に入れておいたの。

 今からあなたの脳を、盲腸から腸に送り込んで体外に排出する。

 もうすぐ端島よ。元気でね。さようなら』


 俺は腸内に送り込まれたあと、蠕動ぜんどう運動によって加速度をつけられ、マルタの体外へ投げ出された。


 俺は、脳のまま海中に放出されてしまった。

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