第三章:指命

『ペルソナ:

 ・名前:フリーマン

 ・性別:男性

 ・人種:モンゴロイド

 ・職業:潜入捜査官』


――大丈夫だ。基本情報は汚染されていない。


『ヒト再生連合:指令

 目的WHAT

 ・身体カラを脱ぎ捨て、脳だけで安寧を貪る事を是とする思想と組織脳共棲牧場を探ること。

 手法HOW

 ・アンドロイドの斡旋を受け、脳共棲牧場のクジラ体内に入り、内部調査する』


――目的も、手法も、明確なままだ。このまま調査を続けることにしよう。



 記憶野の確認に意識を取られていて、ヒト由来の物質アドレナリンとは異なる物質が増えてきたことに気づくのが遅れた。その物質ナノマシンは、俺の脳のシナプスに棘のように引掛り、意思疎通回路を勝手に構成した。

 誰かの声が聞こえる。言語野に直接意識を伝えている。


『私は、マルタ。あなたがクジラ養い主と認識している存在』


 その声から、俺にまだ視覚があった頃に見た、ソファーに小さくなって俯むいているクジラの瞳を思い出した。


「こうやって君と話すのは初めてだね。マルタ。元気だったかい? 」

『あなたは私の体内にいる。私が元気でなければ、あなたも元気ではいられない』

「そりゃ違いない。

 それはそうと、どうしてこんなに深く、長く、潜っているのかい? 」

 今一番気になっていることを、俺は尋ねる。


『イルカが私達を追いかけてきている』

「イルカは、千メートルも潜れない。精々五百メートルぐらいだ」

『だから今、私達は安全。でも私は二時間ぐらいしか呼吸を止められない。だから、そろそろ浮上する。そうするとまた、イルカマリアが襲ってくる』


「マリアって何者だ。なぜ攻撃されるのだ? 」

『あなたの恋人だった、あの白い少女マリア

 あなたがマルタアンドロイドマキナとの背後を探ろうとするから……

 それは誰もことだから』


――そういえば、あのときの瞳は何かを訴えかけているようだった。

 あのときから、このことを予想していたのか?


『もう息が続かない。浮上する。

 マリアと出会うまでには少し時間があるから、あなたは何故こんな危険なことをしているのか、再認識して……』


   *


 マルタが浮上を始めた。

 マルタの分泌するホルモンが変化している。ストレスが解消するのと反比例して緊張が高まっていくのが分かる。


――『再認識せよ』と、マルタは言っていた。それならば何故WHY、こんな危険なことを俺はしているのか? 

 書庫の本棚にある本を片っ端から調べるように、記憶野に対しての情報に関して全件サーチをかけた。


 ・ヒット:0件。


――答えが得られない。そんな馬鹿な。

 俺は、サーチログを注意深く調べた。


 あるアドレスのデータにアクセスできない。KEYSがかかっている。

 [ERROR: Can not access data you required. Because you should use keys to access these data]

 ・認識できないのは可愛そうだ。

 ・認識しないのは幸せだ。


――何を言っているのか分らない……


『クジラと脳共棲すると、昔の情報コトが不完全になる事例が報告されています。

 ヒトは、情報コトは存在するのに身体モノがないと錯乱する、と考えられているからです』

 モアイ顔したアンドロイドマキナの言葉が、エコーバックする。それと同時に、“もうどうでも良いや”という気分も襲ってきた。


――いよいよ脳内が酸欠状態になった、か。

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