第3話 母の想い

 少年に服をあげた翌日の事。いつものように服を並べながらお客さんが来ないかなぁと眺めていた時だった。


 昨日の少年が私があげた服を着ながらやってくる。笑顔で手を振るとしかめっ面をしたまま歩いてくる。


 よく確認すると、後ろに穴の空いた服を来ている獣人の女性。同じ毛色をしているということは、母親だろうか。


 その女性も眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいるように見える。服を上げたのが不満だったのだろうか。


「こんにちは。今日はお母さんを連れてきてくれたの?」


 明るい声で声をかける。ここで私が暗い声を出すようではダメだと思ったから。


「うん。母ちゃんがお姉ちゃんに会いたいって言うから……」


「そう。ボルグくん、ありがとう」


 礼を言うと視線を上へと向ける。

 母親の目をしっかりと見つめた。


「初めまして。ユイといいます。ここ、幸服屋こうふくやゆい』を経営してます。本日は、なにかお探しでしょうか?」


 極力柔らかい声で話しかける。


「ウチの息子に服をくれたらしいね?」


 冷たい声が店内に響き渡る。

 ボルグくんもちょっと体を縮こまらせた。


「はい。穴が空いていた服を回収して新しい服を差し上げるというキャンペーンをやってるんです。そうすることで──」


「──余計なことしないで!」


 母親はいきなり怒鳴り出した。

 息が荒くなり、ちょっと目には涙を浮かべていた。


「私だって、必死に働いてる! でも、食事も満足に食べさせられない! そんな中で、新しい服なんて貰ったら子供が混乱するの! だから、この服も返すわ!」


 ボルグくんは俯きながら静かに話を聞いていた。

 ここで私が踏ん張らないと、ボルグくんは幸せになれない。


「ボルグくんのお母さん、私はちゃんと古い服を頂きました。それを、また作り直して売るんです。そういう商売を考えたんです」


 ハッキリと大きめな声でそう告げた。ここで負けたらダメだもん。


「だから、ボルグくんのこの服は、正当な報酬です。だから、着てもらわないと困ります」


 ピシャリと跳ね除けるような話し方で終わらせた。お母さんも、私の言葉には目を丸くしていた。文句を言おうと思ったら、まさかの反撃を受けて戸惑っているのかも。


 でも、私はお母さんも救いたいんだ。


「もしよかったら、お母さんの服も頂けませんか?」


「えっ? はぁ。じゃあ」


 言われるがままに奥へと一緒に入ってきたお母さん。ボルグくんにはウインクをして手で座っているように促す。


「それじゃあ、お母さんにはこんな感じの服はどうですか?」


 今来ているのは茶色と黄色のチェックのシャツだ。すごく似合ってると思う。ワークシャツみたいな感じがいいのかなと私は思った。


 だから、生地は頑丈で薄いピンクのちょっと女性らしい色がいいのかな。


「こんな色、似合うかしら?」


「着てみてください! きっと似合いますよ!」


 試着室へと案内して着てもらう。通り過ぎる時にちょっと油の香りがした。


 揚げ物をする所で働いているのかな?

 それなら、この服の加護はちょっといいかもしれない。


 カーテンが開くとお母さんは恥ずかしそうに鏡を見ている。


「似合う……かしら?」


「わぁ。とってもお似合いですよ!」


「それに、なんか甘いお花のような匂いがするんだけど……」


 気づいてくれたことが嬉しかった。

 思わず胸の前で手を合わせた。


「さすがお母さん! この服はちょっと幸せな匂いを出してくれる服なんです!」


「へぇ。それは、素敵ね……」


「そうでしょう? いい匂いは、心も癒してくれる。そう思うんです」


 お母さんは顔に影を見せ、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出した。


「私だって。頑張ってるの」


 何かを吐き出そうとしている。こんな時は、黙って次の言葉を待つ。


「ボルグにも、働かせているのに……」


 お母さんの中では、ボルグくんに働かせるのはしたくない事だったんだ。


「それなのに、旦那は遊んでばかりでっ! 嫌になるわっ!」


 声を荒らげだしたお母さん。歯を食いしばって我慢している様子だった。


「あっちで、少し話しませんか?」


 ボルグくんが座っていた隣の椅子に案内して座ってもらう。紅茶とパンを用意して一緒に食べてもらおうかな。


 紅茶の香りが鼻を抜けていく。心が落ち着く。これは、お母さんも同じはず。


 お母さんも大きく息を吸って大きく吐く。すると、顔が華やいだ。柔らかい笑顔になり、つられてボルグくんも笑顔になる。


「はぁ。何年ぶりだろう。紅茶なんて……」


「お母さん、毎日頑張っていたんですね。少しここで疲れを癒してください」


「出会った頃は、よかったの……」


 ボルグくんのお母さんは、シクシク涙を流しながら今までの出来事を話してくれた。


 それは、お母さんの心からの懺悔と後悔だった。


「……はぁ。ユイちゃんに話したらスッキリしたわ!」


「ピュルマさん、また良かったら来てください!」


 ボルグくんは途中から寝ていて、優しく起こすと声をかけた。


「ボルグ。本当にすまなかったねぇ。これからは、ユイさんに助けて貰いながら頑張ろう」


「お待ちしてます」


 頭を下げると、ボルグくんとピュルマさんも頭を下げて去っていった。


 立ち去る後ろ姿が少し明るく見えた。夕焼けが行く先を照らしているような気がして。これからの明るい未来を暗示していると思いたい。


 これからも種族、年齢関係なく困っている人がいたら助けたい。


 幸服屋こうふくやゆい』をそんな場所にしたいと、私は思っている。

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幸服屋『結』 ゆる弥 @yuruya

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