第四章 紅葉露の秘密と冷めゆく秋の気配

紅葉の季節が終わりに近づくにつれ、箱根の秋の気配はますます濃くなり、紅葉林の葉っぱは一枚一枚と落ち始め、赤い雪のようだった。楓の姿もだんだん透明になり、時々私が手を伸ばして彼女を掴もうとしても、指が彼女の腕をすり抜けて、冷たい紅葉に触れるだけだった。


「紅葉の季節、もうすぐ終わりね。」楓は紅葉の木の下に座り、落ちてくる紅葉を眺めて小声で言った。「私の力も、もう支えきれなくなってきたわ。」


私は彼女の手を強く握ろうとした。僅かな温かさしか感じられなかったけれど、決して離そうとしなかった。「絶対に消させない。」


「消えるんじゃなくて、眠るのよ。」楓は私の方を振り返って笑った。「来年の紅葉の季節が来て、紅葉が再び紅く染まれば、目覚めるわ。」


「でも眠らせたくない。」私は彼女の瞳を見つめ、切なさが胸に込み上げてきた。「毎日君と紅葉を拾い、絵を描き、紅葉饅頭を食べたい。」


楓は指先で私の頬をそっと撫で、冷たい触感が残った。「バカね。精霊の宿命はこうよ。紅葉林と共に生きて、紅葉が紅くなれば目覚め、紅葉が落ちれば眠るの。」


「楓の力を安定させて、眠らなくて済む方法は、本当にないの?」姉が突然話しかけてきた。彼女は遠くに立って祖父の日記を持っていて、目を輝かせていた。「日記に書いてあるわ。百年前、先祖が精霊さんの傷を治したのは『紅葉露』よ。紅葉林の奥の泉の水に、千年の紅葉の木の樹液が混ざったもので、精霊の力を養う効果があるんだって。」


「紅葉露が見つかれば、楓さんの力を安定させて、眠らなくて済むかもしれないわ。」


楓の瞳に一瞬光が宿った。「紅葉露……百年前、先祖が私を治療した時に使ったのは確かにそれよ。だけど山火事の時に泉の穴が岩で塞がれて、それからずっと見つけられなかったの。」


「じゃあ今から探そう!」私はすぐに立ち上がって楓の手を握った。「泉の穴がどこにあっても、絶対に見つける!」


姉も頷いた。「私も一緒に行く。人が多ければ早く見つかるわ。」


三人は準備を整えて紅葉林の奥へと向かった。奥の方は外よりも静かで、紅葉は更に濃い赤をしていて、木々の影も密で、木漏れ日は地面に零星な斑点だけを投げかけていた。


約一時間歩いた後、千年の老紅葉の木の根元で、岩で塞がれた隙間を発見した。隙間からは細やかな泉の音が聞こえてきた。


「ここだ!」楓は隙間を指して叫んだ。「百年前の泉の穴は、きっとこの下にあるわ!」


私と姉は急いで岩を運び始めた。岩は大きくて重く、二人は汗だくになり、指には血豆ができても、決して手を止めなかった。楓は力が弱っているため、小さな岩も運べず、傍らで焦って瞳を濡らしていた。


「蓮、お姉さん、もうやめて。」楓の声は泣き声混じりだった。「たとえ紅葉露が見つかっても、私を留められるかどうか分からないのに、こんなに苦労する必要はないわ。」


「ダメだ。」私は額の汗を拭いて言った。「一丝の希望がある限り、絶対に諦めない。」


「そうよ。」姉も続けた。「浅羽家の人は、簡単に諦めない種族よ。」


最後の岩を運び去った瞬間、清冽な香りが一気に広がった。隙間からは澄んだ泉の水が湧き出し、水の中には淡い赤い樹液が混ざっていて、陽の光を浴びて、溶けたルビーのように輝いた。


「紅葉露だ!」楓は喜びに叫んだ。


彼女は泉の傍らにしゃがみ込み、指先で泉の水に軽く触れた。金色の光が指先から広がり、泉の中の赤い樹液がだんだん濃くなり、彼女の姿も透明さが消えて、少しずつ実体を取り戻した。


「よかったわ。」姉は笑って手を押し当てた。「紅葉露が本当に楓さんの力を養えるんだね。」


私は楓の姿を見て、心底の不安が落ち着いた。だがその瞬間、紅葉林の奥から冷たい笑い声が響いてきた。黒い法衣を着た男が木陰から現れ、手には桃の木の剣を持っていて、剣身には不気味な呪文が刻まれていた。


「思わず、本当に紅葉露を見つけられたな。」男の視線は楓の上に釘付けになり、猟犬が獲物を狙うように獰猛だった。「紅葉精霊の紅葉露は、不老不死の薬を作る最高の材料だ。今日は、それを頂戴するぞ!」


「除霊師!」楓の顔は一瞬蒼白になった。「どうしてここに来たの?」


「紅葉精霊の気配を追って、ずっと待っていたんだ。」除霊師は冷笑した。「君の力を吸い尽くし、紅葉露を手に入れれば、天下一の除霊師になれて、不老不死も叶う!」


彼は手を上げて桃の木の剣から黒い光が射ち出し、楓に向かって突き刺さってきた。私はすぐに楓の前に立って遮ったが、光に撃たれて後ろに飛ばされ、地面に強く叩きつけられた。姉は慌てて画材箱から筆を取り、紅葉露を筆に浸して除霊師に投げつけた。紅葉露が男の身上に着くと、ジジーと黒い煙が立ち上がった。


「くそっ!」除霊師は怒鳴り、桃の木の剣の光が更に強くなり、姉に向かって突き刺さってきた。


危機一髪の瞬間、楓は突然姉の前に飛び出した。桃の木の剣が彼女の体を貫通したが、血は出ず、彼女の姿は無数の紅葉に散っていった。


「楓!」私は叫んで紅葉の中に手を伸ばしたが、掴めたのは冷たい一枚の紅葉だけだった。

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