1話 西暦2047年『廃都、東京』①
――――クソみたいな世界に生まれちまったなぁ、と思う。
これって誰の責任なの?
崩れかけたレインボーブリッジの上を、爽やかな海風が渡っていく。
かつて白かったはずの鉄骨は色を落し、至る所に自爆ドローン兵器のは破壊痕らしき穴があり、そこに蔦が皮膚のように張り付いていた。
周辺にはかつてタワーマンションと呼ばれた巨大な墓標が、湾岸に不揃いな櫛の歯のように並んでおり、高層階の窓ガラスはあらかた割れ落ち、風が吹き抜けるたびに巨大な笛のような寂しい音を立てている。
そんなレインボーブリッジと呼ばれていた場所の中腹あたり。
軽トラックに積まれていた
私は独りごちる。
「……この橋、どの辺がレインボーなんだ? なにゆえ、レインボーブリッジ?」
私の疑問に応じる言葉はない。
このかつての首都には、もう誰も住んでいない。
六年前。 世界中資源枯渇にあえぐ人類は、文明を維持するために始めた世界規模の共食いがはじまった。
それが他国の都市を破壊して残骸を資源として回収する、そのために侵略を繰り返す今日まで続いている戦争の始まりである。
その標的は、かつての日本の心臓部であった東京も例外ではなかった。
東京湾に軍事ドローン兵器を大量に積んだ原子力潜水艦による侵攻があり当時東京都に住んでいた住人の1万人以上が犠牲となっていた。
現代の戦争では
そのため海沿いは非常に侵攻リスクが高く、現在に日本は首都機能を所沢市の方へ移している。
眼下の海では波が橋脚に触れるたび、小さな音が上がる。
海は文明と人間の消え去った東京では、数少ない音の発生源だった。
私が遠く霞む水平線をじっと見つめていると、軽トラの運転席にいる軍服姿の少年は膝に乗せているノートパソコンを叩きながら言葉を投げてくる。
「おいレイム、今日はどうせ侵攻はないよ。少し早いけど帰ろうぜ。俺もう疲れたから早く寝たいんだよ」
私、レイムは首だけ振り返る。
「いや。あんたね、年寄か? 私よりも若い癖に疲れたとか言わないでよ。大体こんな早く戻ったら
「若い若いつって、俺とお前一歳差だろ。同い年みたいなもんじゃねえかよ」
「えー変わりますー! 一歳差ってめっちゃ大きいですー! 私の方がお姉さんというのは揺るぎない事実ですー! 年功序列って知ってますかー? お姉さんである私を敬ってくださいー!」
「うぜー」
悪態をついて会話を打ち切るケイ。
ちなみに私は十七歳で、この少年、ケイは十六歳であった。いずれにしてもケイにはガタガタ言わずもっと働いてほしい。
統合政府システム《クロニカ》の予測によると本日、東京湾で侵略戦争が発生する可能性が高いらしい。という訳で私やケイ、東京防衛ユニオン所属している兵士の百人程が警戒任務に駆り出されていた。
まあ私の経験上、クロニカの予測が的中する確率は五分五分ぐらい。徒労に終わる可能性も十分あった。
空を見上げると、クロニカの目や手足である真っ白な政府ドローンが複数、警戒するように飛行して旋廻しているが……まあ実際に戦闘が始まるとあまり意味はない。
ケイが何の緊張感もなく欠伸をする。
「俺、昨日は夜中まで副業やってたんだよ。だから眠いんだ」
「あ? 副業って? アンタ真面目に本業やりなさいよ」
「レイムも知っての通り、俺には病気があって金を稼がなきゃいけないんだよ。ま、そんな本業に支障が出る仕事じゃねえよ。古の
「……遠慮しとく。大体、デスゲームものってどんなやつ?」
「文字通りだよ。なんか人が命を賭けたゲームをやらされて、死人が沢山でる作品」
「それ面白いの?」
「さあ? ま、五十年前は人が死ぬことが非日常的でエンタメだったんだろうよ」
そう言いながら、ケイは深い深い溜息を吐いた。
私も何とも言えない気持ちになって沈黙する。
私達はいつ誰が敵ドローン兵器の攻撃で死んでもおかしくない、そんな世界に生きている。昔の事情は知らないが、今となっては殺人がエンターテイメントだなんてとても考えられなかった。
五十年前。つまり二〇二〇〇〇は日本の総人口も一億二千万を超えていたらしい。
その後、今も続く循環戦争により統合政府システム《クロニカ》の情報だと現在の日本の総人口は五千万人程らしい。
現在ではインターネットなどの通信網は完全に途絶えており、他の国がどのような状態になっているかは不明らしいが……まぁ日本と一緒で、ロクな状態ではないだろう。
この世界が崩壊してしまったのは私たちのせいではない。
無責任に自由と平和を、世界の資源を食い潰すだけ食い潰して死んでいった、昔の人間達の責任である。
……まぁもうこの世界からいなくなった人間達を恨んでも仕方ないけど。
とにかくその時代の作品、昔のエンタメなんて見る気もしないというのが私の正直な感想だ。
「ケイもよく、そんな仕事やってるねえ」
「割と儲かるからな。それにほら、昔の人間が何を考えていたとか気にならないか? 昔のエンタメ作品って、そういうのあると思うんだよ」
よく解らないねえ…と思いつつ、私は溜息で応じた。
少しするとケイが軽トラックに積んでいた真空管無線機のボタンを押し「あーあー、こちらレイム、ケイ警戒班。レインボーブリッジ付近異常なし」と東京防衛ユニオン本部に定時連絡を流した後、改めて呟く。
「敵も来るなら夜だよ。こんな真昼間から仕掛けてこないって」
「まあねー」
正直、私も同じように思う。
現在は昼の十二時過ぎ。ケイの言う通り過去の事例を考えても侵攻は闇討ちが多く、昼間から始まる可能性は低い。
運転席で、眠そうに欠伸を繰り返すケイ。
……クソ。なんだか、こっちまで怠くなってきたぞ。
私は現在、前に廃虚から接収した九年前の学校の制服と軍用ブーツといった格好で、制服の下には万が一に備えて防弾アンダーウェア装備している。正直、重いので早く脱ぎたい。
結局、私は妥協する。少し早めに警戒任務は切り上げ、東京都の廃虚で資源回収作業をして帰ろうという話となった。
私が軽トラックの荷台に乗り込み、ケイがエンジンをかけて車を発進させる。
そして軽トラックがレインボーブリッジを下り陸地に戻った。
……その時である。
軽トラックに積まれていた真空管無線機から、唐突にけたたましい警報が鳴り響いた。続けてどこか遠くで爆音が轟き、視界の片隅で一条の光が空に向かい駆け上がっていく。
それまで呑気に欠伸をしていたケイが真顔になり、無言で軽トラックのハンドルを切ってアクセルを踏み込んだ。進路を反転、レインボーブリッジの中腹に戻っていく。真空管無線機から、東京防衛ユニオン本部オペレーターの張りつめた声が響いた。
『――――つい先ほど、東京都の南方向五〇〇キロの海上から短距離弾道ミサ イル《SRBM》の発射を探知しました。ただちに防空システムよりSM-3を射出、一分後にミッドコース・フェーズに迎撃見込みです。恐らくは……戦術あるいは戦略核と想定されます――――」
真空管無線機に向かい私は毒づく。
「想定も何も核以外に、なにが考えられるんだヨッ!」
通話スイッチを押していないため、私の声が無線機の向こう側に届くことはなくオペレーターは続ける。
「――――総員、電磁パルス《EMP》の影響に備えて下さい。地表の全てのクロニカ《統合政府システム》がダウンするため一時、本部からの通信も途絶えます。それでは皆様、ご武運を」
「あーもう本当、本部は安全圏から指示だけ出してりゃいいんだから、良いご身分だよなあ!」
ケイがそう大声で叫んだ次の瞬間。遥か上空で壮大な爆発音が響き、遅れて空気の強烈な振動が私に降りかかる。
さらには地面が大きく揺れた。
軽トラックもレインボーブリッジの中腹辺りで停止。周囲を観察すると、上空を旋回していた政府ドローン兵器は全て壊れたようで、落下を始めていた。
核弾頭を高高度核爆発させて起こす電磁パルス攻撃だ。地表の広範囲にあるドローン兵器を含む精密機器は全て破壊された可能性が高い。
ケイが頭を抱えて叫ぶ。
「ああああああああああああああああ、やっちまった! パソコンしまうの忘れて壊しちまった! ちきしょうめ!」
電源の入らなくなったノートパソコンを軽トラックの後部座席に投げたケイに対し、私は冷ややかな視線を向ける。
「そりゃあんた。戦場にパソコンなんて持ってくる方が悪いでしょ」
電磁パルスは人体には何の影響もないが、精密機器には猛毒であり、現代戦において電磁パルスで相手のドローン兵器を無効化するのは定石だった。
核弾頭の電磁パルスの最も大きな威力は爆発直後。その一瞬さえ凌げばEMP対策の施された精密機器なら稼働可能となる。
しかしEMP対策は非常に予算がかかるため、クロニカのドローン部隊でも一部しか施されていない。殆どのドローン兵器は使い捨てで運用されていた。
今の電磁パルス攻撃で、地表の政府ドローンやセンサー、カメラは壊れてしまったため、しばらくクロニカのドローン部隊による援護は期待できない。
通信で真空管無線機を使い、さらには軽トラックに乗っているのも全てそのためで、電磁パルスで壊れにくいものを使っていた。
……そして大変面倒くさいことに、電磁パルス攻撃の後の展開も大体、定石が決まっている。
真空管無線機から本部オペレーターとは別の声が響く。
「――――こちら東京タワーのサクラバ、タニタの監視班! 東京湾で浮上した潜水艦らしきものを観測した! 来るぞ!」
その連絡を聞いて私が海の方を見ると、海上にはいつのまにか円形でボールの様なものと、四角プロペラのついた二種類のドローン兵器が多数確認できた。
よくある西欧メーカー製の低コスト自律式UAV《無人航空機》ドローン兵器の強襲だ。オンボードにAIが搭載されており人間の操作もなく自動的に敵を発見、搭載した自動小銃や自爆で攻撃してくるタイプのものだ。
物量作戦らしく、数は目算で数百はいる。あと数分もすれば私のいる場所も射程に入るだろう。
……要するに敵の作戦は、自分達は電磁パルスの影響が届かない海中に隠れ、初手の電磁パルスでクロニカの防衛ドローンを無効化。電磁パルスの威力が落ちたところで、自軍のEMP耐性を施したドローンを突入させるという戦術だ。
勿論こういった侵攻は想定している。
そのために私達、人間の兵士がいた。
クロニカのEMP耐性ドローンが援軍で到着するまでの間、時間を稼ぐのが今の私達の仕事である。
私は対物ライフル、GM6リンクスを持って軽トラックの荷台から飛び降りた。そして欄干に置く。左肩で銃床をしっかりと抱え込み、ピカティニーレールについたスコープを覗き込み敵ドローン兵器を捉える。
射程に入った頃合いを見て私は引き金を引いた。
発砲の轟音と共に、ロングリコイル作動で銃身が深々と後ろへ動き、衝撃を飲み込んだ。12.7mm弾を叩きこまれた敵ドローン兵器は機体中央部から火花が散り、まるで目に見えない糸が切れたかのように海に落ちていく。
一機撃墜。GM6リンクスから空薬莢が弾き飛ばされてレインボーブリッジの上を転がる。
休む間もなく私は次の敵ドローン兵器を狙うものの、こちらの迎撃を感知した敵ドローンが不規則な軌道の飛行を始めるが、私は軌道を予測して引き金を引いた。二機目を撃破。
周辺を警戒していた私以外の兵士も迎撃を始めたらしく、至る所から銃声が鳴り響き、迫りくる敵ドローンの数は減らしていくが……。
……まあうん。これは駄目だ。
敵ドローンの数が多すぎて、海上で全て撃ち落とすのは無理だ。
あーコレ、めんどくさいなー。
こうなるともう白兵戦は必至だ。
私が辛い気持ちになっていると、ついに私の立つ場所が敵ドローンの搭載する自動小銃の射程に入ったようで、射撃音と共に一斉に鉛弾が飛来する。
弾幕の雨から逃げるように、私は周辺にある瓦礫の影に隠れた。
すると軽トラックから降りていたケイが「レイム! ほらこれを使えッ!」と私に向かってジェラルミンのケースを投げ寄越してくる。
電磁パルスの影響を避けるため厚いアルミ製で出来たジェラルミンケースだ。
慣れた手つきで開けると、中には無骨なアームが特徴的なプロペラ付のドローン兵器が収まっていた。
私のメイン武器、FPV《一人称視点》ドローンのミヤコちゃんである。要するに人間が遠隔操作して動かすタイプの兵器だ。
……ちなみにミヤコは私が勝手につけている愛称で正式な名称はTYO-038-MC。クロニカが私専用に調整したもので、メイン火力として大口径の
私がジェラルミンケースから、遠隔操作するためのBMI《脳波操作》兼アイトラッキングのための片目ゴーグルを装着していた、その時だった。
「レイム! もうちょっと周りをよく見ろよッ!」
私が背後を振り返るのと、ケイがライフルの引き金を引くのは同時であった。
すぐ背後に迫っていた敵UGV《無人車両》ドローンがケイの撃った銃弾を喰らって爆発する。
……全く気付かなかったが、私のすぐ傍まで敵が迫っていたらしい。
海上から飛来しているUAV《無人航空機》ドローンとは全くちがうものであり、恐らくは別行動で既に上陸している敵ドローン部隊がいたのだろう。
「うお!? ケイ、さんきゅー。
じゃーちょっち私も
私は大してやる気もなく言いながらミヤコを空中に放り投げて飛ばすと同時に、腰から愛銃のハンドガン、ラウゴアームズ・エイリアンを抜いた。
UAV《無人航空機》ドローン兵器も既に上陸しており、周囲では既に白兵戦に突中していた。
私の視界にも三機の敵ドローンが飛び込んでくる。
……まー、三機ぐらいなら余裕? みたいな?
私はミヤコを遠隔操作して高速で飛ばすと、敵ドローンのカメラが一斉にミヤコの方を向いた。その瞬間を逃さず、私は瓦礫の外へと飛び出す。
エイリアンで敵ドローンのカメラやセンサーを狙い撃つ。目前の敵ドローンはカメラやセンサーを頼りに自律起動しているもので、耐久性のないカメラやセンサー部分を壊せばハンドガンでも十分、無力化が可能だ。
私は敵ドローンを二機、無力化に成功。残りの一機が私の方にカメラを向けるものの次の瞬間、周辺の瓦礫をアームで掴み機体を固定させ、ミヤコの大口径対物ライフルが火を噴いた。敵ドローンを一発で完全に粉砕する。
私自身が戦いつつ、さらにはミヤコも操作して
基本的にユニオンの兵士はドローンを操作する
私は新たな敵ドローンの機影を肉眼で、さらにミヤコのカメラを通して複数確認。
深呼吸して意識を研ぎ澄ました。周囲では至る所で爆音が轟いているが、私は目の前だけに集中する。
この世界では敵を殺さなければ生き残れない。
生きるということは、何かを殺すということだ。
そして私が、立て続けに一機、二機、三機と敵ドローンを破壊した頃、上空から機械的な少女の声が響く。
「――――電磁パルスの影響低下、地表のクロニカ、基幹システムの一部が復旧しました。援軍のドローン部隊がまもなく指定座標に到達します。ユニオン所属の兵士は、損耗を避け自身の生命維持を優先してください。貴方たちの生命は重要な資源です。以降は援軍のドローンと連携して残存敵対ユニットの完全排除にあたって下さい」
私は空を見上げると真っ白な政府ドローンが複数、上空を旋回していた。
……とりあえず最大の正念場は過ぎ去ったらしく、私は大きく溜息を吐いて毒づく。
「……貴方達の生命は重要な資源って、そう言うなら、こんな戦争にかり出すなっつーの。大事にされてるんだかそうじゃないんだか」
色々あるが援軍のドローンさえくれば、私達は最も危険な前線から後退できる。
上空のミヤコのカメラで周辺を観察すると、少し離れた場所で見知った姿、ユニオンの組合長がまだ交戦中なのを見つける。
……お、珍しく親父が苦戦してんな。仕方ねえな! 助けて借りを作りに行くか!
私は軽トラックの荷台に飛び乗って、運転席にいるはずのケイに声を掛ける。
「ケイ! 橋を下りたところの陸地でまだ味方が戦ってる! 助けに行くから車だして!」
暫くしてケイが応じる。
「…………あー、すまんレイム。 俺なんか凄い疲れたわ。後は代わりに運転してくれ」
「だーかーら! 私よりも若いんだから、疲れたとかジジ臭いこと言ってないで働けよ! ガタガタ言ってないで早く車を出して!」
私はそう声を張り上げる。
しかし、いつまで待っても応じる声が上がらず、軽トラも動き出す様子はない。
憤りを感じた私は、ケイを糾弾すべく荷台から降りて軽トラの運転席を開く。
「ちょっとケイ! あんた人の話聞いて――――」
運転席の座席は真っ赤に染まっていた。
ケイは胸部に銃弾をもらったらしく、もう助からない出血量だと一目でわかる。
軽トラックの車両が被弾した様子はなく、どこかで敵ドローンの掃射の流れ弾に当たったのだろう。
……目の前に集中しすぎていて、全く気がつかなかった……。
瞼を閉じて、ぐったりとしているケイ。
全てを悟った私は声を絞り出す。
「……ケイ、どうして撃たれたなら撃たれたって言わないんだよぉ。言ってくれないと助けられないだろ」
ケイは何も言わない。
……まあ。こんな世界で生きていても仕方ない。
もしかしたらあえて、私に助けを求めなかったのかもしれない。
最後に。
私は安らかに眠るケイに声を掛ける。
「おつかれさま、ケイ。ゆっくり休んでね」
クロニカproject 桜井ミヨ @SAKURAI_MIYO
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