神崎蓮の独白
瞬が目を逸らした。言いかけた言葉と一緒に唾を飲み込み、同情とも責めるとも言えない視線で僕を見つめてきた。
「…ごめん、今はまだ、何も言えない。お願いだから自分の小説を読んでみてくれ。そしたら…全部話すからさ」
そこから瞬は何も言わなくなった。時間だけが過ぎていく。わからない。
自分のことのはずなのに誰かのシナリオを見ている気分だった。
台本は皆に渡されているはずなのに僕だけがそのことをしらない。
「正直、まだ信じられない。納得だってしていない。でも…瞬、お前のことは嘘じゃないと思うよ」
そう言った時、瞬は微かに目を見開いた。今にも泣きそうで、それでいて優しい目で僕を見る。
「ありがとう」
その言葉はただの感謝ではなく諦念の響きだった。
それだけを言い残し瞬は帰っていく。その横顔からは何か覚悟を決めたようだった。
家に帰り、パソコンを開く。普段小説を保存しているファイルを開くと見覚えのないプロットが目についた。
タイトル「真実の中の嘘」
この一文を見たとき、嫌な胸騒ぎがした。ここから先は読んではいけない。自分の中の何かがそう告げている。
犯行当日
『物語の冒頭は死体が転がっているところから始まる。階段から見下ろすようにソレを見る。』
その様子が何故か鮮明に思い出される。離れていく手、滑り落ちていく体。
「何だ?今の…」
謎めいた予感を振り払うように画面に目をやる。
『目の前には若い女性の死体。事故なのだろうか。その口は悲しそうな表情をしている。』
金属のように固く、冷たい文字だった。僕の言葉じゃない。不自然に淡々としている。
『何かを言いかけていた様だった。だが、主人公は何も知らない。その表情だけを覚えている。』
瞬間、先輩の悲しそうな表情が頭に浮かぶ。
これはただの小説、そうわかっているはずなのに頭に絡みついて離れない。
「君は…」
頭の中で先輩が語りかける。その先を僕は知らない。それとも聞こうとしなかったのか。
隠された真実
『延ばされた手をつかむ。あるいは押したのかもしれない。事故か故意か、そこは重要ではない。しかし、故意だと語る。』
スクロールした指が止まった。画面には第二幕「隠された真実」と書かれている。
「ちがう…僕はあの時先輩の手を…」
『何かを言いかけていた様だった。だが、主人公は何も知らない。その表情だけを覚えている。』
瞬間、先輩の悲しそうな表情が頭に浮かぶ。
これはただの小説、そうわかっているはずなのに頭に絡みついて離れない。
「君は…」
頭の中で先輩が語りかける。その先を僕は知らない。それとも聞こうとしなかったのか。
隠された真実
『延ばされた手をつかむ。あるいは押したのかもしれない。事故か故意か、そこは重要ではない。しかし、故意だと語る。』
スクロールした指が止まった。画面には第二幕「隠された真実」と書かれている。
「ちがう…僕はあの時先輩の手を…」
『そこに争った形跡はなかった。あるのは記憶を塗りつぶした主人公の姿だけだった。』
気がつくと鼓動が早鐘のようになっていた。手が震え、続きを読もうとする手が止まる。
記憶を探る、黒く塗りつぶされている。
画面がぼやけ同時に記憶が流れ込んでくる。
―のばした手
―投げつけられた原稿用紙
―血に濡れた僕の手
…何が起きているのか理解できなかった。今頭の中に浮かぶイメージは自分の現実なのだろうか。こんな時に先輩がいてくれたら…僕は、先輩がいつも僕の話を聞いてくれていると思っていた。僕のすべてを受け入れていたはずなのに。
不意にあの時の瞬の顔が頭に浮かぶ。何か言いかけて、黙ってしまったあの顔が。
あれは「お前が殺したんだろう」とでも言いたげな表情だった。いや、今になってはそれも不確かなことだ。あの時はそう思えてしまった。きっとこの世界の台本では、僕は先輩を殺したのだろう。でも、ここは現実であって物語ではない。現実の僕は殺していない―そう感じていました。
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